第24章 桜の咲く頃
とろりと注がれた酒は、白く濁ったものだった
くいっとそれを飲めば、喉が焼けるほどの辛み、それなのに口には柔らかな甘みが残る
「これは、くせになるな」
「ご所望の桜様、好物の酒です」
それは、謙信が文で伝えてあった酒であった
かなり率直に、土地神に献上していた酒を教えろとだけ書いてあった文
理由は春日山城に来て聞き、たった今事実の確認をしたばかり
だが、政頼は念のため酒を献上していたのだった
自身も一口ゆっくりと酒を飲めば、政頼は土地神について話し出した
先々代が、偶然土地神に遭遇したことを
そして、持ち合わせた酒を渡し、それ以降酒が出来るたびに林を訪れ飲み仲となったことを
政頼自身、祖父に連れられ登竜桜に二、三度会ったことも
「先代は、この話を祖父の作り話だと思っておりましたが…儂は会っておりますからな。ただ、桜様からは他言せぬよう言われておりましたし…儂も神の力を人が知っていい物だとは、思っておりませぬから秘密にして参りました」
ちらりと、湖を見れば
謙信の膝に座っているのは確かに童なのだ
「湖様は…失礼ですが…あやかしの類いでは?」
「否」
「謙信の言うとおり、あの子は人間だ。少々やっかいな体質を持っては居るがな」
「やっかい?」
謙信が、自分の片膝に乗っていた湖を政頼と向かい合うように正面に向けると…
「湖、鈴の姿になれるか」
「いいの?まえに、けんしんさま、だめっていってた」
「このじじいに関しては許可する」
以前、鈴が夜間に出てきやすくなっていると聞いてから
彼らは家臣達の動揺を抑えるため、謙信達は湖に何度となく話をした
知らない人の前では鈴の姿に変わらないようにと
不意に出てきてしまう鈴については、どうにか誤魔化すとして
故意には見せないように言い聞かせていたのだ
「…わかった!」
湖の姿は急に無くなる
「…ん…んん?」
目の錯覚かと、目をこする政頼
童が消えたと思えば、着ていた着物が謙信のあぐらの中に残った
そして、それがもぞもぞと動き出すのだ
ぴこん、ぴこんと、とんがった耳が見えれば…
にゃあ!
と、小さな煤色の子猫が顔を出した