第24章 桜の咲く頃
「…おじいちゃん、だいじょぶ?」
「あ…あぁ。大丈夫…」
「くく、ちっとも大丈夫には見えないがな」
信玄が、政頼の砕けた腰を起すように背中を起してやれば…
「いや…長生きすると、いろんな事が起きますな」
すっかり酔いの覚めた政頼は、先ほどとは打って変わった話し方をするのだ
「さすれば、先ほどの話からすると…その子が、本来大人の女性だという湖殿でございますか?」
「そうだ」
謙信の後ろに隠れている湖をじっとみれば、湖はやはり身を隠してしまう
「…では、「登竜桜」…桜様のお話も誠か…」
「桜様」と小さく言った政頼の声を、湖は聞き逃さなかった
「おじいちゃん…さくらさま、しってるの?」
鈴の音と共に、ひょいと小さな童が顔を出せば、政頼はにこりと童に微笑んだ
「存じております…とは言っても、もう五十年以上前の事ですが…美しくも恐ろしい土地神様にあったことがありまする」
「ようやく話すか…」
「はは…、申し訳ありませぬ。君主といえど、土地神様の話は当家の極秘扱いになっておりまして…もう儂の代で、墓場まで持って行こうと思っていたほど。こども達にも伝えてはおりませぬのでな」
そう言いながら懐から文を出す政頼
「ただ…謙信様からこの文を預かって、もしかすると…とは思いましたが…そうでしたか…桜様はまだご健在でしたか」
「さくらさまは げんきだよー。まだまだ あと さんびゃくねんは いきてやるっていってたもん」
「三百年とは…っ神やあやかしの時の流れは、我らとは異なりますな」
先ほどの豪快な笑いではなく、押さえたような苦笑いに湖はようやく警戒を解いたのか謙信のあぐらに収まるように、その膝に座った
その湖の頭を謙信が優しく撫でる
「政頼、うちの奴らにも調べさせたが…その土地神のことは一切解らなかった」
「信玄様の三ツ者を使っていただいても不可能でしょう。その事については記録になるものは一切残しておりませんし、事実を知っているのももう儂一人です」
「やはりか…」
信玄が息を付くのを見て、政頼は信玄に酒を勧めるように酒瓶を片手に持つ
「どうぞ。我が家、自慢の造酒でございます」