第24章 桜の咲く頃
にゃぁ
小さな小さな猫の鳴き声
それは、赤子の声にも聞こえる
部屋の中では褥に横になった信玄が苦しそうに背を丸めていた
猫の気配にすら気づかないようだ
極力音を立てないように忍び寄った鈴は、その掛け羽織に入り込むと…
信玄の寝衣の中へと潜り込む
鈴の目に映っているのは、黒い靄がかった塊だ
ふーっ…
と、小さく威嚇するような音を立てる鈴は、黒い塊に顔を近づけた
鈴は…湖は、言われたことを思い出す
『いいか?黒いほど、大きいほど悪い。それはおそらく死に関わる大病だ。本来自然治癒しないものならば、お前の「おまもり」をもってしても一度では治らない…仕方ない。こちらに来るたびに「おまもり」に少し力を加えてやる。一ヶ月おきに、その者の病に口づけしろ。どのくらいかかるかは、儂には見えていないからなんとも言えんが…その黒い塊が薄くなれば、それは病が治まっている証拠だ。完全に直すには、色が見えなくなるまで消さねばならない…ただし、気づかれないようにな』
「どーして?」
『…治療されていると、気づかれれば、お前の「おまもり」の力も伝わりにくくなる。人間は無意識にその内に不安、不振…期待…そんな壁を作ってしまうからな。何も知らせずに処置してやるのが、一番早く効果が出やすいんだ…内緒だ。内緒にするんだ。できるか?』
「…ないしょね、うん。やくそくする」
『いい子だな…。解らなくなったら、白粉や佐助に聞け。いいな?』
(いろが…すこしかわった?)
黒い塊から顔を離せば、それは墨色に色を変えていた
鈴の姿の湖は、それを確認してから信玄の褥から出て、そして部屋を出て行った
息苦しさが無くなったのか、信玄の息は穏やかなものに代わり、眉間の皺も無くなっていた
次の日の朝、幸村が部屋を訪れれば調子の良さそうな信玄の姿がある
「御館様…」
ほっとしたその様子を見て、信玄は口角を上げる
「なんだ?その童のような顔は…この城には、いつから童が三人に増えたんだ?」
と、幸村をおちょくるのだ
「…そんな事が言えるなら、平気だな…湖の疑いをそらすのに、遊んできた方がいいんじゃないですか」
幸村にそう言われ、信玄は「そうだな」と昨夜見た夢を思い出した