第24章 桜の咲く頃
「おかか様…」
『んー…儂の力が少し影響しているようだな…怪我や病が、影になって見えているんだろう…湖、それを直すのはちと厳しいかも知れぬ』
「でもね、ないないしないと、だめなの!湖、ないちゃう!!」
『湖が泣くのか…?』
はぁっと、姿の見えない登竜桜のため息が聞こえた
「さくらさま…」
『あれは、お前が泣かないためにやった「おまもり」なのだがな…しかたない…いいか?湖、よく聞け…』
登竜桜の声に耳を傾け、湖は懸命に話を理解しようとした
『白粉、佐助。お前達は理解出来たか』
「「はい」」
『湖』
「うん、わかった」
『…なにか、あれば二人に聞け。あとは、次にお前が儂のところに来たときにまた話してやる…』
「うん、ありがとー。さくらさま」
『白粉、ご苦労だった…少し変化を解いて休め』
「…そうですね。では、おかか様。また…」
そう言うと、白粉の手が消え、その場には白猫の姿があった
湖は、白猫を抱えるとその背を優しく撫でる
「かかさま、ありがとー」
『まったく…お前は、小さくてもそうゆう子なのだな…私は、少し休むからな。佐助…』
「解ってます。その間は、俺がちゃんと湖さんを見ておきます」
『頼んだ…』
そう言うと、白粉は琥珀色の目を閉じて眠りに入ってしまった
佐助は、湖から白粉を預かり、反対の手で湖と手をつないだ
「湖さん…」
「あのね、湖ね。かかさまと、にーたんのつぎに、しんげんさまがすきなの。ほんとよ?だからね、ないないするの」
「…うん。解った…帰ろうか?」
「うん!」
少年と小さな女の子の背を、真っ赤に染まった夕日が照らしていた
湖が、動いたのはその夜だ
具合の悪い信玄は、今日一日部屋から出てくることが無かった
湖が会ったのも、あの一回だけだ
日が落ち暗くなった廊下を、小さな黒い塊が我が物顔で歩く
鈴だ
夜行性の猫に取って、今夜のように月光が無い日でも、その行動に制限はない
慣れたように縁側を歩き、信玄が休む部屋までやってくるのだ