第24章 桜の咲く頃
湖が春日山城に住み始め10日ほど立った頃
安土城に居た光秀の元に書状が届いた
「…これは…調べてみる価値があるな…」
それは、湖が安土城から姿を消して約一ヶ月半ほどの事
桜は散り、葉桜になり緑の濃い景色になってきた頃だ
もうすぐ湖がこの時代に来て1年が立とうとしていた
『越後に童の姿あり、名を湖と呼ばれ候。土地神の加護で春日山城に運ばれし…』
読んでいた書状を懐に仕舞うと
「光秀様、私が参りましょうか」
「いや、いい。この件は俺が預かる。お前には引き続き顕如の件を任せる」
「はっ、承知いたしました」
安土から光秀の姿が消えたのは、この数日後だ
湖が春日山城に来て、半月
兼続の期待を超え、湖の文字の読み習得は早く
もう簡単な漢字を含む行書も少し読めるようになっていた
そんな湖が巻物を手に縁側を歩いていると、ある一室から咳払いが聞こえた
「…おせき?」
苦しそうなその咳に、そっと気配を押さえるように歩きその部屋を覗けば…
そこは信玄のいる部屋だった
信玄は、胸に手を当て深く息をしているのだ
(しんげんさま?)
襖からちらりと覗いたとき、持っていた巻物がことりと落ちる
「あ…」
同時に出た声と、巻物の落ちる音で信玄が湖に気づく
そして、少しだけ目を見開くと…
「こら、湖。いい女は、こそこそするもんじゃないぞ」
と手招きをしながらいつも通りの笑みを浮かべるのだ
湖は、その手招きに従った
巻物を拾うと部屋に入り、何も言わずに足を伸ばして壁にもたれかかっていた信玄の側にくると…
「しんげんさま、おかぜ?」
と額に手を当てたのだ
「っ…聞こえてたか…」
湖の手に伝わる体温は、予想とは異なりひどく冷たい
その手を柔らかく掴みとった信玄は、額から離すと指先だけで手の平を握り
「少しむせただけだ。大丈夫だ」
と、笑ってみせる
だが、湖の表情は晴れない
「湖、大丈夫だって。な?」
確かに信玄の表情はいつも通りに戻っている
だが、手から伝わる体温は違う