第24章 桜の咲く頃
「馬…馬に乗りたいのか?」
「湖…」
白粉が怪訝な表情で湖を見れば、「かかさまはだめっていうの」と、小さく信玄の耳元でつぶやいた
くすぐったさと、かわいさで、信玄は「はは」っと声を上げて笑えば…
「よし」
と、湖を下ろした
「かかさまは、説得してやる。読めるようになったら、馬に乗ろうな」
そう言い、ぽんぽんと頭を撫でた
「っ、うん!!ぜったいだよ!」
小さな湖は満面の笑みで、兼続と手をつなぎ縁側を歩いて行く
「あー…ああいうこどもが、欲しいな」
「……」
幸村は何も言わず信玄を見ていた
それには気づかず、遠くなる二人を見てため息をつくのは白粉だ
「どうした?馬がそんなに心配か?」
「…まだ幼い体だ…馬の背を挟むなど不可能だろう」
「それはそうだが、大人が乗れば一緒に乗れるだろう?」
「…ならば、任せるが…絶対に落とすなよ」
ぞわりと悪寒が走る
幸村は背筋を縮めた
「おいおい、その殺気紛いなもの発するのはやめてくれ」
「仮であろうが、湖は我が娘。何かあれば…」
「おい、何をしている?」
白粉の背に刀が突きつけられる
「お、謙信か。なんでもないぞ。ちょっとした野暮用だ」
「その割に変な気を放っていたな」
「…褒美の件は任せる…ただし、忘れるな」
そう言うと白粉は、湖達のあとを追うように去って行った
「何の話だ」
鞘に刀を収めると、謙信が尋ねる
信玄はその内容を伝えれば…
「馬か…」
「褒美が「馬に乗りたい」なんてな。普通あのくらいなら菓子やらねだるだろうと思っていたんだがな」
「そういや…猫娘、馬を乗りこなしてたな」
いつぞや小さな男児に乗馬を教えていたことを思い出した幸村は
「あれが、ああなるのか…」
と、今の湖と本来の湖を比較していた
「あ…兼続さん、湖さん…勉強ですか?」
開かれた襖、日当たりの良い一室は絵巻物で溢れその中央に兼続と、指で文字をなぞって読んでいる湖の姿
それに部屋の隅で、壁に背を持たれて二人の姿を見ている白粉がいるのだ
「佐助殿、ええ。姫様の文字の指導を…佐助殿は…?その姿は?」