第24章 桜の咲く頃
「俺にとって、謙信様や信玄様、幸村、そして越後…もう離れがたい存在で現代に戻るつもりはとうに無かった。ただ、君だけは、戻りたいと願うなら戻してあげたいと思っていたんだ」
「…佐助くん」
『ならば、いいだろう…白粉、お前の頼み聞き入れる』
『おかか様』
ほっとしたような白粉の声に、登竜桜は口角を上げる
その笑みが、なにやら怪しく見え
『…おかか様?』
白粉が何かを感じ取り、再度名を呼びかけるのだ
『だが、大変になるぞ…』
「え?」
『娘、お前達の調和を整えるということは…元から二人一体であったように時を巻き戻し体を成長させるのが最善だ』
「巻き戻す?」
『赤子からやり直すのだ』
「「な…っ」」
これには、湖も佐助も言葉を忘れた
『案ずるな、何も一からすべてとは言わん。赤子から始め、一ヶ月たてば三つ、さらに一ヶ月で六つ、九つと体は成長させてやる。今の年齢に体が戻るのは6、7ヶ月先になるが。それで、調和が整い、ついでに刻の乱れもなくなるだろう』
「で、でも…赤ちゃんって…」
『その間、母親には白粉をつけてやろう』
『っ、おかか様?!』
ふっと優しい笑みをこぼし、白粉を見れば登竜桜は続けて話す
『お前は未練の塊だ。母になり損ねたというな…案ずるな、湖が立派に成長するまでお前が此処に居られるようにしてやる。ついでに、人型にも化けられるようにしてやろう』
白粉に向かって、湖に当てている手とは反対の手を伸ばす
そして、白粉の額にある桜の文様に指を当てれば淡い桜色の光と共に…
白粉の姿が変わった
其所には、登竜桜と同じ着物に緑の帯をした女がいるのだ
白髪の腰まである髪に、琥珀色の瞳
彼女は、自分の手の平を見て驚きの表情を浮かべる
「お、白粉…?」
呼ばれた女は、湖を見て眉をひそめると登竜桜に向かって声を上げた
「…おかか様…ご冗談が過ぎます。私が人の子の親など…」
『お前は、もう60年以上生きた猫だ。人の子育てなど見知っているだろう。それに、湖は人であり、猫だ。お前以上に母役にふさわしい者は居ない』
「されど、我が身はもう…っ」
『そうお前は死んでいる身だ。よって期日を設ける。半年間だけだ…湖は半年で元に戻る。それまでの間、存分に子育てすれば良い』