第24章 桜の咲く頃
『招いてやろう、客人』
パンと手を打ったと思えば、暗い森の世界が一変する
ふわりと花を掠る香り、目がくらむような光
佐助は、目を細め視界を確保すれば…
そこは、先ほどとは一変していた
目の前には、大きな桜の古木
草原に一本、堂々と立ち満開に花を咲かせている
ひらひらと桜の花びらが舞い、甘い花の香りを漂わせた
小鳥の声に、野を飛ぶ兎
『人にこの姿を見せるのは何年ぶりだろうな』
そう言ったのは、先ほどの鬼ではない
白地に桜の刺繍が施された着物に、深紅の帯
桜色の長い髪、色白く目元に濃い赤い化粧
ゆっくりとした動作で開かれた瞳は、金色と緑色が混ざったような不思議な…神秘的な色をしている
鬼とは全く違う女だ
その女は、佐助の腕の中から白粉を攫うと、赤子を抱くようにやんわりと白粉を抱きその毛に頬を滑らせた
『おかえり、白粉』
『…おひさしぶりです』
弱っている白粉も答えるように目を細めてすり寄る
佐助はまるで夢でも見ているかのような光景に口を噤んでいた
『さて、まずお前からだ』
人差し指で、白粉の額をトンと叩く女
すると、白粉の額に桜の文様が浮かび、弱っていた白粉が嘘のように回復をするのだ
『しばらくはこれで持つだろう』
クツクツと笑うと、白粉を下ろす
白粉は、礼をしてから佐助の足下に寄ってきた
『約束だったな、お前に話をしよう』
「…はい…できるだけ、詳しくお願いします」
『面白い男だな』と言うと、白粉は付いてこいとでもいうように尻尾で佐助を招きながら歩き出した
佐助も鈴を抱え、女と白粉のあとを追うように桜の麓へと向かった
ぱんぱんっ
女が手を打てば、音も立てずにその場に敷物や酒が現われ、小動物が寄ってくる
『お前達は、少し待っていろ。珍しい客が来たからな』
そう声を掛けられた動物たちは、返事をするように鳴くとその場から少し離れ出す
『座れ、客人』
「…失礼します」
招かれた佐助と白粉は敷物の上に座る
それを見て自分もそこに腰を下ろすと、佐助に向かって片手を差し出した
『それを寄こせ。見てやろう』