第24章 桜の咲く頃
上座に黙ったまま座っていた信長が声を発した
「信長様?」
「もともとあやつは、この時代の人間ではない。たいむすりっぷという、自然界の怪奇現象でこの場所にやってきた…ならば、その怪奇現象が起こり湖が消えたと考えるのが妥当」
これには全員が息を飲み思い出した
時を超えて湖が来たことを
「…なら…俺たちには、どうしようもできないじゃないですか…」
家康がそう小さく呟いた時…
彼らの耳に声が届いた
かすかに聞こえる歌声が
『桜の花が舞い散る ひらひらひらりと
頬に触れ まぶたに触れ 散ってもなお心を掴む
桃色の世界に包まれ 休むの
少しだけ 少しだけ…』
「っ…、湖?!」
秀吉の声に全員一斉にどこから声が聞こえるのかを探す
だが、聞こえるのは外からなのだ
ここは、天主
その天主から、外に続く板張りに出て身を乗り出すように声の主を探すが、あたりはすっかり日が暮れ闇夜だ
姿を探すなどできなかった
『私を埋め尽くすように 降り続ける
小さな桃色に息を呑んだ
ひらひらひらり 淡い世界の中
私が進むのは どこだろう
ひらひらひらり 落ちてくる
桜は いつまで 舞うのだろう
いつか また 会えるだろうか
忘れないで 覚えていて
いつか 会ったら 微笑んで 「おかえり」と笑って
忘れないで 覚えていて』
「っ、湖…っ!!」
誰かが呼ぶ声は、湖に届いただろうか
歌は、信長達以外にも
城内、そして城下にも届いていた
不思議とそれを聴いたのは、湖のなじみ者ばかりだった
『織田の姫君が、神隠しに遭われた』
そんな噂が城下に出回るのは、それから間もなくのことだった