第24章 桜の咲く頃
この日、夕餉の時間を前にして湖の姿が消えた
最初に気づいたのは、家康だった
褥に残る体温、部屋にとどまる湖の香り
騒然とする城内
信長たちが、湖の部屋を訪れた時
開けられた襖から桜の花びらが何枚も何枚も舞い降りた
湖の部屋前には、桜はない
どこから舞い込んだ解らない花びらから、湖の香りがした
捜索は出された
当初、誰かに攫われたと疑いもした
だが、いくら探しても湖は見つからなかった
その夜のこと
「くそ・・、くそ…っ、いったい何処に消えたんだっ」
態度を隠さない政宗を誰も制すことはない
「あんな状態で、湖が出歩けるわけない…」
「やはり連れ出された、攫われたと考えるのが妥当なのですが…」
家康のあとに、三成が地図を持ったまま口を開く
「今の湖を攫って何になる…弱った人質など、変えて邪魔になる…意図あってと考えるなら、湖自身を欲する者…」
「いえ…湖様のあのご様子、城下にも伝わって居たため、万一に備え警備は厳重にしておりました。いくら、上杉家の軒猿や、武田の手の者であっても城内の侵入は不可能です」
光秀の言うことは理解できる
湖は、信長に対する人質になる
だが、もし人質として使いたいなら、こんなに弱っている人間をわざわざ連れては行かないだろう
仮に連れて出られたとしても、荷物になり
万一死亡されれば人質どころか、安土の武将を全員敵に回すことになる
だとすれば、湖に執着している上杉だが…
湖の調子が悪くなって、城下にも伝わり始めた頃
三成は万一の可能性も考え、城出入り口はじめ、湖の周りの強化を強めた
侵入できあとすれば、それは暗闇で針に糸を通すようなもの
それを湖を連れて城から出るなど、人間のできることではないのだ
(そう、そんなまねできる者など…)
「…人ではない…かも、しれんな」