第22章 心から
(鈴になろうとしても、寒いのか出てきてくれないんだよね…)
何度か、鰹節を目の前にしても、走っても変化がない
ただ時折、鈴の声は聞えるのだ
なんとなく自分の中で鈴が起きているのは解ってる
女中が桶を下げながら、「…そういえば、最近鈴ちゃん見ませんね」と小さく言った
(あ…いけない…私、すっかり…)
声が出たら一番最初にしたかったことをすっかり忘れていた湖
(みんなが、あんな芝居するから…っ)
先日のあの件、思い出せばむかむかくるところもあるが、自分のためだったと聞かされれば怒り続けるわけにもいかず…
確かにあれで、声も出るようになった
ずっと耳の奧で聞えていた犬達の声も聞えなくなった
外に出るのも怖くない
(ショック療法ってやつなのよね、これって…)
「湖様?」
「あ、うん。ごめんなさい。私、信長さまのところに行ってきます」
「はい…途中で庭に降りないで下さいね」
ふふっと女中に笑われながら湖は信長の元へと向かった
「失礼します、湖です」
「…湖、早かったな。入れ」
シュッと、襖を引けば中にはいつもの面々が揃っていた
「あ…出直した方がいいですか?」
「構わない。もう終わったところだ」
光秀が立ち上がろうとするのを、湖は「待って下さい」と止める
「湖?…なにか、面白い事でもするのか」
にやっと笑った光秀がその場に再度腰を下ろすのを見て、湖も側によって座った
「なんだ?」
秀吉が湖を見て不思議そうにする
「えっと…、かなり時間があいて…今更なのですが、ちゃんとお礼が言いたくて…」
手を前に付くと、深く頭を下げる湖
ちりりんと髪飾りが小さく音を立てた
「助けていただけてありがとうございました…お礼だけでは足りないのですが…」
そう礼を告げれば、みんな無言のまま何もいわないのだ
声が掛かると思っていた湖は、そろっと顔を上げ武将達を見れば…
彼らはみな笑みを浮かべているのだ
(っ…ちょっと…そんなにみんな、整った笑みを浮かべられると…恥ずかしいのですが…)
急に意識し始めた湖は顔を染めてしまう
すると、微笑んでいた家康の表情が変わった