第22章 心から
ひっくと、しゃっくりが混じり出す
「…湖…」
家康が声を掛けようとするが、湖は乗ってきた馬に跨がるとポツリと言った
「…家出してやる…」
そう言い駆け出すのだ
それはもう…勢いよく全速力で
「湖、ちょっと待てっ!」
秀吉が駆けだし馬に跨がると同時に家康と三成も急ぎ続く
その場に残った信長は大笑いし、光秀と政宗はため息をつく
「家出する先があるとは思えないけどな…」
政宗がそう言う
「…無くは無いと思うがな…湖なら…」
光秀の意味深な言葉に信長の笑いが止まった
「…聞き捨てならんな、光秀」
「さようでございますか?」
「湖、待てって…っ、悪かった!」
「知らないっ!」
「湖様っ、申し訳ありませんっ…しかし、家出とは穏やかでは…」
「穏やかじゃ無いのっ!」
「ちょっと落ち着きなよ…」
「知らないっ、知らないっ!」
四頭の馬が城に向かって走って行く
それを目撃した農夫は何事かとその姿を見送っていた
「…姫様のご機嫌を損ねたかのぉ…」
湖が狭い川を馬を蹴ってぽぉんと飛んでみせる
秀吉達はその川を挟んで一度止まった
先ほども見たが、湖の馬術はそこらの武士より上手いのだ
あまりに綺麗に飛び越えていく姿に、一瞬呆気にとられてしまう
湖は、くるりと馬を秀吉達の方に向ける
眉を寄せて顔を赤くして、明らかに怒っている表情のまま
「…もう止めて下さいよ」
「もう嫌ですからね…、冗談でも…大切な人たちが斬り合ってる姿なんて、みたくありませんからね」
このご時世、そんな甘い世では無い
何時誰がどんな立場で斬り合うかなんて不確定なのだ
なのに、湖はそれが嫌だという
見たくないというのだ
約束はできない
三人とも確約できない約束を交わすことはできない
だが、ここで頷けば湖の心は落ち着くのだと解っている
「…解った」
秀吉がそういうのを、家康と三成も黙って居た
肯定したと見たのか、湖はその答えを聞いて微笑んだ
「…もぅ…本当に心臓がどうにかなりそうでした」
そう眉を下げて笑うのだ
稲穂色の髪が風に拭かれなびいた
片手でその髪を押さえ微笑む馬上の湖
ふふっと笑う姿に、三人は安堵した