第21章 一線を越えた男
彼女の不安そうな顔
(…言いたいことはなんとなく解る)
「…返事をして…いただけます…か…」
コクンと、首を縦に動かすと彼女の顔色はあからさまに変わった
「こ…え…、だせます…か…?」
不安そうな彼女をこれ以上心配させたくはない
でも、そう伝えてあげられない
湖は、複雑そうに薄い笑みを零しながら口を動かす
『でない』
そう口を動かすのだ
女中は、思っていた通りの表情を見せた
「すぐに…っ、すぐに…っ、、湖様は、そのままでお待ち下さい。すぐ、戻りますっ」
ぱたぱたと部屋を出て行く女中
(あ…今が夜なのか、朝なのか…聞けば良かった…)
そう思い一つ小さくため息を零した
(私は…ちゃんと、覚えてる…殺されそうになったことを…あの時、三人が来てくれなかったら死んでいたことを…)
今、自分が生きている時代は、今まで自分が暮らしていた現代とは違うのだ
良いこともたくさんあれば、怖い事もたくさんある
日常的に人が武器を持って歩いているのだ
もちろん、湖のように何も武器を持たずに歩く人だっている
でも、湖は武器を持って歩く人の中にいるのだ
(怖いと思うことはいくらでもあった…でも、狂った殺意とはいえ、一人で殺意を向けられ殺され掛けた怖さは…はじめてだった…)
謙信に2度目に会ったとき、鈴になれと脅されたが刀は向けられなかった
かの大名家に視察に行ったとき、鈴の姿で爆弾を咥えたが恐怖より急いでという意識しかなかった
底の見えない崖から落ちたとき、自分の不甲斐なさと迷惑をかけるという思いが大きく
幸村と一緒にいた際、襲われた時には、幸村の心配を
白粉の時にも同様だった
エルマー神父の時には…?
(攫われた…でも、彼は私を殺そうとはしなかった…)
大山は、間違い無く殺そうとしていた
死に様が見たいのだと、はっきりと言った
(…怖かった…)
怖くて怖くて
秀吉達が来てくれた時、その恐怖が爆発してしまった
年甲斐もなく泣きわめいて恐怖を逃がそうとした
「助かったのだ」と、秀吉の温もりにすがった
(…あれから、どれだけ寝てたんだろう…)