第21章 一線を越えた男
(・・・湖は、ただの女の子だ・・・特殊な体質、普段から近い存在・・・麻痺していたかも知れない)
自分の着物についた小さな染み、湖の血だ
皮膚を薄く一直線に切られていた
(血の匂いで、犬を惹きつける為だろうな・・・)
信長に気に入られ、安土城に住まう事になった湖
はじめこそ警戒したが、ただの女の子だった
無頓着で純粋で、湖が望めば視察でも戦場でも連れて行った
何かあっても守ってやればいい
何かあれば、鈴になって逃げることもできる
そう思っていたから
だが、何もできない女の子が危険な場面に陥ったらどうなるか
男と女は基本的に力に差がある
あのひ弱な大山にだって、湖は捕まえられる
(守るの意味を思い違っていた・・・)
『不用意に怖がらせる必要はないだろう?』・・・違う
俺たちの側に居るのなら、どんなこともちゃんと教えてやらないといけないんだ
篭に入れた小鳥なら、何も知らせなくてもいい
でも湖は違う
自由に行動して飛び出していく
そんな子を守るなら、どんな事でも伝えないといけない
たとえ怖がらせても
「俺のせいだ・・・」
ぐっと、手を握ると今出た部屋の方を見る
「・・・すまない」
城に戻る道
頭に浮かぶのは、抱えられながら泣く女の姿
(・・・側に置けば、また同じ事が起るかもしれん)
距離を取った方が良い
そう頭の中では警告している自分がいる
でも、一度知ったぬくもりを手放す気にはなれない自分もいる
(あの女といると、いつもぬる湯に浸かっているようだ)
正直、理解出来ない事も多い
甘い、そう思うことも事実
だが、500年後の世では湖のような甘い考えの人間が過ごしているのだと思えば、泰平の世の兆しを見ているようで心地が良いのだ
(目覚めた時に、湖は何を言うか・・・)
此処に居たくない
そう告げられたら
「・・・その時で、無ければ・・・解らんな・・・」
城内に入り馬を降りると、片腕を懐に終い廊下を歩く