第21章 一線を越えた男
信長は、大山を見下ろすように話せば、彼は視野に入っていない信長の方角から感じる悪寒に恐る恐る目を向けた
鋭い眼光が突き刺さる
人ではないものから見下ろされているような錯覚に、大山は初めて口を噤んだ
「その解毒剤は入手済みだ」
「っ…あり得ないっ、あれは私が作った物だっ毒もその解毒薬も…出回って居ないっ!あれは、私だけのっ…」
「そのようだな…だから倉から持ち帰った」
その言葉に、大山の眼球が揺れる
「か、…隠し扉を⁉っ…入れるわけがないっ!はったりだっ」
「確かにお前はある面で才能に長けている…かもしれん。だが、長けているのは貴様だけではないという事だ」
「嘘…だ…っ揺さぶろうなんて、無理な…っな…」
大山が動揺する中、地に這いつくばる彼に向かって信長が放り投げたのは金糸の布
「ば…か、な…う、嘘…だ…」
転がるそれに、大山はがたがたと震え出した
布にくるまれていた白く丸い物体が彼の目の前に転がり出る
「それが、証拠だ」
大山が一点に見つめる先にあるのは黒い二つの穴
「…殺した誰かか?」
光秀がそれを見れば、大山がボソボソと小さく何かを言っている
「と、…ぅさ…ん…」
父、そう聞こえた
「なるほど…大山屋の先代か」
「こいつ…」
大山の様子が、どんどんおかしくなってくる
言葉が途切れ、息を切らし、髑髏から目を離せずに居た
「貴様にとって初めて殺した特別な記念か?隠し扉に通ずる部屋に置かれていた」
「ちがっ…私は、…殺し…っっ⁉」
信長はその髑髏に懐から壺を取り出し液体を掛けた
「そして…これは、貴様自慢の毒だ」
とくとくと、頭蓋骨にかかる毒に割れるような悲鳴を上げながら目を見開き見続ける大山
「っやめ、てくれっ、死んで…しまう…っ!!父がっ、しんで…しまう…っ」
「父が死んでしまう」そう悲鳴を上げ続ける彼に、政宗は抜いた刀を鞘に戻す
「…興醒めだ」
「…この男いかがされますか?信長様」
「何も。牢に入れ、このまま放っておけ」
「はっ…」
その場を翻す信長は狭い通路に入る前に、もう一度振り返った
「犬は…一息に殺せ」
「承知しました」「…」
(人の味を知った動物は、もう元には戻れん…)
今夜は半月
半分に綺麗に割れた月が、雲に覆われること無くその場を照らし続けていた