第21章 一線を越えた男
湖は聞いたことの無い泣き方をした
恐怖に怯えるこどものような
秀吉は、その身体を抱きしめ
「湖・・・大丈夫だ、大丈夫」
そう耳元で囁いた
未だまだ吠えている犬が何頭も居る
「ふっあ、あぁ・・・あ、うぅ~・・・」
声を上げ泣く湖をもう一度強く抱きしめると、政宗の方を振り返る
「政宗、光秀、先に行くぞ」
「あぁ、行ってろ・・・俺は、こいつと少々話をする」
「俺も付き合うとしよう」
冷たい声が聞えたが、今の湖には聞えていないだろう
秀吉は、自分の羽織を湖にかけ抱きかかえた
「行くぞ、湖・・・」
震えが止まらない身体、そして泣き声
洞窟を出れば、馬酔木の花の向こうに信長と三成が到着した姿を見つけ、其処まで走っていく
月明かりの下、抱き上げた彼女の手首では手ぐさりが重々しく揺れている
襦袢の襟元には小さな赤いしみ
秀吉にしがみついて見えないが、一筋の刀傷
足袋は片方が真っ赤に染まっていて、怪我の深さが解る
秀吉はそれを見て「くそっ」と小さく嘆いた
「無事か」
「っ、湖様」
泣き止まない湖
その姿を見たあと、信長は洞窟の方へと歩き出す
「御館様…っ、気をつけてください…」
本来ならば、信長についていく秀吉
だが、今の湖を離してやる事は出来なかった
恐怖に向き合い解放され、泣き止まらない湖を放っておけなかった
「・・・湖様、失礼します」
三成もまた取り乱し泣く湖の姿を見てどう声を掛けて良いのか、どうすれば良いのか顔をしかめる
だが、まずはこれをと
懐から取り出した鍵で手ぐさりを外す
どさりと、草の上に鉄の塊が落ちた
「湖様・・・」
泣き続ける湖の後頭部に手を当て、こどもの頭を撫でるように優しく手を動かす
そんなことしか出来ないと何度か湖の髪を梳いていれば、その身体が異常に熱を持っていることに気づく
(まさか・・・)
ちらりと首筋から見えたのは、針が刺さったような小さな跡
「秀吉様・・・今すぐ、湖様を城へ・・・嫌な予感しかしません・・・」
「三成?」
「毒針を打たれていると思います」
懐にしまった壺を確認するように押さえ三成は「くそっ」と声を漏らした