第21章 一線を越えた男
その次の日、湖は秀吉の御殿へ使いに来ていた
「では、私は戻りますね」
「待て、送ってく」
秀吉は、湖を引き留めようとしたが
「大丈夫だよ、秀吉さんの御殿と城は間近だもの。心配なら、あの抜け道使ってくよ」
あの抜け道とは、以前佐助が作った道だ
結局、そのまま維持されているのだ
「駄目だ。あれは万一の時にしか使わない約束をしただろう」
「・・・でも、秀吉さん忙しいでしょ?」
秀吉は今、家臣二人に待たれている
報告受けなど仕事が多いようだ
「・・・あと少し待て・・・今、三成は出てるしな・・・」
ふふっと湖は、笑うと「わかった」とその場を立つ
「こら、湖」
「大丈夫、待ってる間に馬たち見てくるね」
「誰かと一緒に居ろよ」
「大丈夫だよー」と笑いながら、湖は厩舎(馬小屋)の方へと向かって行った
(あそこは、大丈夫だろう・・・)
秀吉は、そんな後ろ姿を見送りながら息をつくと、家臣達に向き直り仕事を再開した
「こんにちは」
「あ、湖さん・・いや、湖様」
馬の世話をしている若者達に声を掛けると、その一人がすぐに気づき一礼する
「や、やめてくださいっ・・・今まで通りで「湖さん」でいいから・・・」
湖は慌てて両手を振ってみせる
最初はこの若者達の内、一人しか知らなかった「姫」という建前
今はもう全員に知れていた
しばらく来なかったせいもあり、その場にいた四人は恐縮そうに見える
「いや、そんなわけ・・・そのようなわけには・・・っ」
「・・・今まで通りにしてくれなきゃ、私・・・ここに来づらくなります・・・」
湖は、態度を変えない彼らに対してあからさまに悲しそうな表情を見せて軽く顔を覆う
「っ!!それは、っ・・・」「いや、でも・・っ」「そんな、来てくださいっ」「っ・・・湖・・さん!」
「・・・いひひ。それがいい」
焦った彼らを余所に、湖は手を下ろし悪戯をしたこどものような笑みを浮かべた
「「「「っ・・・」」」
「・・・、わかりました。では、今まで通りに・・・でも、他の武将の方々が居る前では「湖様」と呼びます。いいですか?」
「はい、よろしくお願いします」