第21章 一線を越えた男
彼は、湖をじっと見ると
「・・・すみません、どこかでお会いしましたでしょうか?」
茶会で会った
そう言おうと思ったが、今の湖は女中と同じ着物だ
あれだけ着飾ったあとに、この姿が自分が同一人物だというのもどうかと思い、湖は「私は、信長さまの世話役ですので」と答えた
「そうでしたか。失礼しました」
にこりと微笑んだ彼、だが湖は違和感を覚えた
(なんか・・・)
「もし・・・よろしければ、姫様の容態。お聞かせ願いませんか?毒に犯されたと聞いて、あの日の出来事だったので・・・気がかりでして・・・」
そう心配そうに眉を下げる男に、湖は払いきれない違和感を抱えたままで口を開いた
「もう回復され、心配ありませんよ」
「・・・それは、よかったです。ところで、姫様はあの飴・・・いくつ召し上がられたのですか?」
「・・え?」
「すみません・・・実は、私の父も同じ物を食して亡くなったので・・・失礼な事を伺ってしまい、申し訳無い」
「あ・・・あの飴をですか?」
「えぇ・・・まぁ、このような話、あまりよろしくありませんね。申し訳ありません、では、失礼します」
去って行こうとする男の後ろ姿に、湖は呼び止めるように言った
「あの・・・姫は、一欠片しか食べていません。お父様の件、お気の毒様です・・・」
なんと声を掛けて良いのか解らなかったが、家族を亡くした人の話を聞いて、そのまま無言では居られなかったのだ
「一欠片・・・ですか・・・姫様に、お大事にとお伝えくださいませ」
今度こそ、彼は一礼してその場を去った
代わりに向かって歩いてきた女中が、彼、大山屋に一礼して湖に寄ってくる
いつも湖の世話をしてくれる女中だ
「・・・湖様、何か話されていたようですが・・・大丈夫でしたか?」
「どうして?」
すると、彼女は「いえ、大丈夫ならいいのです」と苦笑して見せた
「湖様」
「へ、あ、はい」
振り向けば、そこには三成の姿がある
「もしや、掃除を?」
「うん。久しぶりに身体を動かしたかったし・・・城外に出るのは駄目だって家康に言われたから・・・三成くん?」
少し眉間に皺が寄っている三成に湖は不思議そうに首を傾げる