第21章 一線を越えた男
「何か違和感はないか?」
上を向かされた湖はコクコクとかるく頷く
「どのくらい食べた」
続けて聞かれると、そっとその手から顎を外し、懐から砕けた飴の入った懐紙を差し出す
「これが、割れた飴です。この一欠片くらいです・・・」
そう言って湖は指で小さなかけらを指さした
それは小指の爪より小さな大きさだ
秀吉はそれを受け取ると「家康を連れてきます」と言い天主から足早に出て行った
信長はそれを見届けると自分の席に戻るように翻す
湖は、その場にへたり込むように座ると自分の鼓動が早く打っているのに気づき、手を胸に当てた
「・・・毒・・・ですか」
おそらくそうであろう
確信はあるが、そう聞けば
「そうだ。二国の大名が、同様の飴を食してから幻覚を見るようになり、一人は自害、一人はその毒で死んでいる」
どくんっ、どくんっ
そう心臓の音と、信長の声がまるで雑音を含んだように聞えた
「・・・、湖」
「は、はいっ・・」
何度か呼んでいたのか、信長がこちらを見てため息を付いた
「大名達は、これをすべて食して死んでいる。貴様が食した、これだけの量で致死量になる毒ではない。そもそも毒というより阿片のような品物だ」
だから、心配ない
そう信長は言いたいのだと解る
だが、自ら毒を食した事へのショックと、同じ物を食して死亡した人が居ることへの恐怖で、頷くことも出来ず息苦しくなってくる
ぺたりとつく手の片方に、信長の手が掛かれば
勢いよく引かれ、彼の腕の中に湖の身体は収まった
「・・・聞いていたのか?致死量ではない」
信長から伝わる体温が、血の気の引いた身体を温めてくれる