第10章 敵陣の姫 第三章(裏:謙信)
「・・・ごめんなさい・・謙信さま・・・」
謙信の着物をきつく握る湖の手が震えている
その手を見て、謙信は湖を抱え立ち上がった
「怪我は・・・」
ふるふると首を振ると、目を瞑り天を仰いだ
「っあんたは、馬鹿なの・・・」
家康が刀を下ろし、鞘に収める
謙信も同様、そして周りで刀を混じり合わせていた三組も同様に、その様子を見ていた
「・・・そうか・・・戻るか・・・」
そんな謙信のつぶやきに、湖は返事をせずただその胸に顔を寄せていた
「っ、湖、此処に居ろ!」
幸村が、その様子を見て駆け寄ってくる
それを信玄が、途中で制した
幸村の肩に手を置き、ただ首を振る
「天女が決めた事だ」
先ほどまでの土煙はすっかり収まり、金属音もすることなく、元の木々の音に、水の湧く音
静かな大井戸の場に戻っていた
「・・・どっちも大事なんです・・・私にとって、織田の方々も、短期間なのに良くして下さった上杉の方々も、どちらも同じように大切なんです・・・」
静かな場に、湖の声はしっかり聞えていた
「・・・選べないんです・・・大事すぎて・・・でも、今は・・・心配を掛けている織田の皆にお詫びをしに・・・顔を見せに帰りたいんです・・・」
「あぁ」
(解っていた事だ。記憶が戻れば、湖なら・・・そうゆうと思っていた)
「・・・解った」
「・・・ごめんなさい、謙信さま・・・」
「・・・湖・・・、こちらへ」
家康が手を伸ばすと、湖は一度謙信の顔をよく見るようにのぞき込み、
そして後ろにいる佐助や、信玄、幸村に深くお辞儀をした
零れそうな涙を流さぬよう耐えながら、湖は後ろを向き家康の手を取った
家康に重ねられた手は、少し震えているも、しっかりと温かい
以前、最後に取った手は弱々しく熱く・・・家康に取って忘れられない感触だった
その記憶を上書きするように、家康は湖の手をしっかりと取り、自分の方へ引いた
政宗、三成、光秀も、二人の側へと寄る