第10章 敵陣の姫 第三章(裏:謙信)
謙信は、湖の腰に手を添えると軽々と自分の足の間に納め、軽く抱きしめた
「っ・・・謙信さま!」
驚いた湖は、声を上げたが逃げ出したりはしない
襟元を指で引くように開くと、首の後ろに顔を埋めた
同時に甘い痛みが走るが、その抱擁が愛おしく・・・湖はそのまま黙っていた
「・・・逃げぬなら、このまま抱くが・・・」
「っ・・だめです!」
「・・・そうだな、続きはあの者達を追っ払った後にするか・・・」
ずきんっ・・・
心臓が大きく跳ね上がる
おそらく、抱えている謙信にも伝わるような
「・・・戦は・・」
「戦にはならん」
「・・・・・・」
「心配するな」
謙信が兼続に呼ばれ部屋を去ると、残された湖はある場所へ向かった
本丸を出て、天守の裏・・・大井戸と呼ばれるわき水の出る場所
特にようが無ければ、此処には人が立ち寄らない
大きな木が茂り、この春日山城が自然に守られた城なんだと良く解る場所
時折、コポコポという水の音と、木のせせらぎが心地よい場所だった
大井戸を覗き込んで、落ちそうになったことがある
その時には幸村が一緒で、怒られた
「こんな深い井戸落ちたら浮かんで来れないぞ」っと
別に落ちたかったわけじゃなく、水に映れば、鈴に会えるかなぁと考えただけだったが、
以降、みんなを心配させないように
大井戸を覗き込むことはしないと、約束してある
日当たりのよい木の麓に来れば、小さな椅子の用意がある
此処に来ることが多い湖の為にと、信玄が造り置いたものだった
手を組んで背を伸ばす
「んんーーーっ」
トンと、音を立てて椅子に座ると、大きく息を吸う
『あの頃へモドリタイ?モドレナイ?
迷ってしまった、道の途中
私は地図を持ってない
どうやって、ここまできたの?
どうして、ここにいるの?
小さな疑問が頭の隅にこびりついたまま
いつも、いつも、味方でいてくれる
あなたのそばが、心地よくて
いつも、いつも、味方でいてくれた
誰かの声が聞こえるの
『・・・逢いたい』
誰に?
『ありがとう』
って、伝えたい
空は繋がってる
あの星は、あの人の上でも輝いてるのだろうか?
この歌声も、届けばいいのに』
(ここに来ると・・・いつも口ずさんでしまう・・・この歌・・・誰も知らないこの歌・・・)