第10章 敵陣の姫 第三章(裏:謙信)
あの日から2日
湖と幸村が、襲われてから2日たった
特に特別なこともなく、穏やかな時間
強いて言えば、佐助からしばらく城下へ行くことを禁止されたくらいだ
頭痛も次の朝には退いていた
「・・・くん」
部屋の襖を空け、そこから見える庭に降りて歩いていた湖は小さく呟いた
(何・・・くん・・・だろう・・・すごく安心する笑みだった・・・)
思い出すのは、あの紫色の着物の人
確かにあの時、名前を呼んだ
そう思うが、今は思い出せないでいた
(もう一度・・・もう一度、会ったら思い出すかな・・・)
庭に咲く花に手を伸ばすが、触れる直前でその手が止る
(・・・思い出したら・・・私は・・・どうするんだろう・・・)
(佐助くんから、私はここに来る以前は織田城内でお世話になっていたと聞いて居る
実感は、全くないが・・・織田家の姫だと、兼続さま達も言う
そして、どういうわけか崖から落ちて、謙信さま達に保護されたんだ)
どうして崖から落ちたのか、記憶がなくなっているのか
目が覚めてから時折考え、考えれば頭痛に襲われた
春日山城に来てから、毎日女中達と働く内に、そんな事を考えることも無くなっていた
(思い出したら・・・謙信さま達とは・・・)
指先だけが、花に触れる
「湖」
ぴくりと肩を揺らし振り向けば、湖の部屋前から、こちらを見て呼ぶ男がいる
「謙信さま」
湖は、ゆっくりと謙信の元へ歩き出した
「・・・天気がいいな」
「そうですね」
にこりと笑うと湖は板張りに座り、謙信もその横に胡座を組んだ
「・・・謙信さま・・・」
「なんだ」
「・・・好きです」
足をプラプラと動かしながら、微笑んで話す湖を謙信は見つめた
「謙信さまが・・・この越後が。佐助くんや、信玄さまや、幸村、それに兼続さま・・・みんな大好きですよ」
「・・・なんだ?」
「言いたいだけです。大好きだって・・・言いたいだけです」
「・・・わかった」
一瞬揺らいだ瞳を隠すように、湖は横に座る謙信の肩に額をつけた