第10章 敵陣の姫 第三章(裏:謙信)
更に、後ろから男の声がする
それと同時に、湖を拘束していた男が膝をつき、その場に倒れた
(・・・この声・・・)
優しい懐かしい感じのする声
湖は、後ろを振り向くと、其処には紫色の着物にめがねを掛けた着た男が一人、やさしく湖を見ていた
(・・・私・・・この人・・)
「・・・くん・・・」
小さな声、よく耳をすませなければ聞き逃す程度の声
呟いた本人でさえ、聞えないような
男は、それを聞き取ると一瞬目を開いたが、やさしい笑みを湖を向け
「はい」
と答えた
ばしっ!
湖の腕を勢いよく掴むと幸村は自分の方へ湖を引き寄せた
「っ・・・幸村!」
湖は、我に返ったように幸村の顔を見る
「湖っ・・・お前、何者だ?!」
「・・・通りがかりの者ですよ」
とぼけたように、男は答えその場を去ろうとする
「通りがかりが、あんな事言うはずないだろ!」
「・・・あんな事?私は、何か言いましたか?」
幸村が刀を振るが、男は器用にそれを持っていた本で避けて微笑んだ
「それより・・・一度、この場を離れた方がいいですよ。鬼の手の使いが、一人走り去るのを見ましたから・・・」
そう言うと、今度こそ男はその場から去って行った
「あいつ・・・絶対、織田のもんだ・・・」
「・・・織田?」
幸村が、言った言葉に対して、湖が顔色を変えたのに彼は気づけなかった
(織田・・・私が、記憶を失う前に居た場所・・・あの人・・・すごく、すごく・・・)
「湖、いったん城に戻るぞ」
「・・・うん・・・」
「・・・湖?」
「あ、ごめん。びっくりして・・・うん、謙信さまの所に帰ろう」
幸村と湖は、後ろに注意を払いながら城へと戻った