第9章 敵陣の姫 第二章(裏:謙信)
苦言しようとしていた兼続は、しゃっくりを始め、いつもの勢いの良い呂律ではない
「ほぅ、かなり強い酒だったか?」
にやりと、笑うと兼続をさっさと退室させ、酒を飲もうと手を伸ばす
だが、其処には先客が
「・・・鈴・・・お前も飲むか」
床に跳ねた一滴の水滴を鈴が舐めていた
酒壺から杯に、液体を入れ一気に呑む
(確かに、薬草酒だな・・・これはなんだ?)
口内に残るのは、独特の苦み
さほど強いとは感じないが、妙に甘さがあった
謙信が再度、酒を注ごうとすると鈴の妙な行動に気づく
床にすりすりと体を擦りつけ、体をうねらせている
「・・・鈴?」
まるで酔ったような
(・・・猫は、酒に酔うのか?一度、戻した方がいいか・・・)
越後に来て、湖が鈴に変わったこと2度ほど
一月近く此処に居るが、本人が気をつけているせいもあるのか頻繁には鈴を見ることはなかった
今回、久しぶりに鈴を見た謙信は、すぐには湖を戻そうとしなかった
だが、少し気になる行動を見せる鈴に怪訝な眼差しを浮かべ杯を置くと、鈴を持ち上げ、その口に掠めるように口づけする
すると、猫の姿は人の姿へ変わり、その重みもすぐに手に伝わる
両脇を持たれ、向かいあわせに膝に乗せられるような体制の湖は、頬が薄らと色づき、少し開かれた瞳は潤んでいた
「・・・湖?」
謙信の呼びかけに、「ん・・・」と甘い声で反応を見せる
(なんだ?)
両脇の手をするりと滑らせ、羽織を掛けようとすれば
「・・・ぁ・・」
ぴくりと、体を揺らし、耳に残る声を上げる
(・・・酔っているのとは、違うな・・・)
羽織を掛け、その背を撫でると、声を殺すように唇をかみしめる
それでも、その体の震えは止っていない
謙信が、湖の耳元で名を呼ぶと、ようやく湖と目が合う
「・・・どうした?」
「ぁ・・、けんし・・んさま・・・、わた・し・・・」