第9章 敵陣の姫 第二章(裏:謙信)
織田の者が入ってきている
刀を振るう事が、楽しみである・・・普段ならそれだけ
戦を好む謙信は、このような敵からの接触を何とも思っていない
自分の領土を広げるために刀を振るうのは好まないが、領土の侵害、敵と見なした者への戦は、むしろ歓迎だ
一抹の不安さえ感じない
だが、
今回は、少々違う
謙信は、膝でくつろぐ鈴を撫でながら、把握できないもやもやとした感情に困惑していた
(何だと言うんだ・・・刀を振るえることは喜びでしかないはずだ・・・)
「・・・渡すものか・・・」
自分でも気づかない声を発し、それに反応するかのように鈴が一鳴きした
鈴の声がした後、程なくしてバタバタと騒がしい足音が部屋に近づく
シュッと音がするように襖が開かれると
「殿っ!大変ですぞ、織田の斥候が・・・おや?新顔ですか?・・・殿は、動物に好かれまするな」
慌てて入ってきたかと思えば、謙信の膝元で丸まった猫を見てにこりと微笑む
「知っている。今、佐助に調べさせている」
謙信は、兼続を見ずに柱にもたれかかり猫を撫でている
その脇には、酒壺
「左様でしたか。かしこまりました。・・・して、殿・・・その酒壺、某見覚えがありますぞ・・・先ほど、献上されたばかりの酒壺」
「そのようだな」
悪気も見せずに、壺をちらりと見る
「いい加減、毒味が済む前の酒を盗むのはおやめください!何かあったらどうされるのですか?!」
「毒など、飲む前に解る」
「殿の酒好きは、よくよく承知。ですが、献上品に手をつけるのはおやめください!」
「・・・献上された酒は、俺のものであろう・・・」
「そうですが、まず毒味をするの先です!」
兼続は、ずかずかと謙信に近づくと、酒が未開封な事を確認し封を解くと「失礼」と一礼し、側にあった杯で一口含む
封が開くと、同時に膝元の鈴が何かに反応した
「う・・・」
兼続が、妙な顔で眉をしかめる
(・・・まさか、毒ではあるまい・・・そんな香りはしなかったはず・・・)
「これは・・・薬草酒でございますな・・・其には、少々強いかも知れません・・・」
杯を床に置くと、鈴が興味を示しそれに寄る