第9章 敵陣の姫 第二章(裏:謙信)
『居候の身で何もしないではいられません』
そう言った湖は、誰が止めるのも聞かずに女中に紛れて廊下の掃除をしたり、配膳をしたり、丸二日女中にも従者の誰にも気づかれずに過ごした
三日目、ようやく気づいた従者の一人が止めに入るも聞かず、話を聞いた兼続が来ても「安土でもたぶんやってましたよ。落ち着きますから」と言い張り聞かず、周りをざわつかせながらもニコニコと仕事をこなしていた
その内、噂の事もあり、そんな湖を見ていることもあって
家臣達の「織田間者」や「織田の姫なんぞ」という悪い小言は聞かなくなった
代わりに「姫なのに、あのような・・・」「可愛そうに・・・」という哀れみの声が聞え始め、
十日もすれば湖に挨拶をしたり、声を掛ける者も出てきた
もっぱら女中達とは仲良くなって、掃除の合間に越後の事を色々話していると、謙信は佐助から報告を受けた
「良いんですか?本当に止めなくて」
「構わん。好きにさせておけ」
(その方が、気が散っていいんだろう・・・)
何もしていない時の湖は、いつも思い詰めた顔をしていた
思い出そうとしても、思い出せない記憶を探るように、時折寂しげな顔も見せる
「謙信様が、それほど女性を気に掛けるのは珍しいですね」
「・・・あれは・・・」
(湖は・・・特別・・・)
ころころ変わる表情に、誰でも変わらない物言い、度胸があると思えばすぐに泣き、泣くかと思えば泣かない
「謙信さま、佐助くん。お茶持ってきましたよ」
女中姿の湖が、その場に姿を現した
すっかりおなじみの姿に、通りかかる家臣達もどこか微笑ましく見ている
「ありがとう、湖さん。でも俺は、仕事があるので・・・これにて、ドロンだ」
佐助は湖の顔を見て、一言告げて消えた
「あ・・・」
「・・・どうかしたか?」
一瞬言いよどんだ湖が、ためらったように口を開く
「佐助くんに、今日は馬場に連れて行ってもらおうと思ったんだけど・・・行ってきてもいいですか?謙信さま」
「駄目に決まってます!!!姫が単身馬に跨がるなどっ!っ・・・湖様!やめてください!!」
勢いよく襖が開けば、兼続が顔を出し声を張る
すっかり慣れた彼の登場だが、この声には湖も耳を塞ぎたくなる