第9章 敵陣の姫 第二章(裏:謙信)
急に抱き寄せられ、慌てた湖だが、ここ数日の事で慣れてきていた
最初は、離れようと抵抗したが、信玄の抱擁は親が子にするような感じがあって最近はそのまま抱擁を受け入れていた
「湖・・・抵抗がないと、ないで寂しいぞ・・・」
「そうですか?」
「湖さんからすると、信玄様はお父さんのような存在なのかもしれませんね」
「・・・佐助、それはなんでも・・・傷つくぞ、俺はそんなに歳じゃ無い・・・」
三人の笑い声が、部屋から聞える
其処へ最近聞いてなかった声が聞えた
「何している」
その声と同時に襖が開く
「っ謙信さま」
信玄に抱き寄せられた湖が、嬉しそうな顔で謙信を呼んだ
「何も。ちょっと遊んでいただけさ」
信玄は、謙信に返答を返すと、湖を抱きしめていた手を緩めた
すると、湖はするりと腕を抜け、謙信の元に駆け寄る
「お久しぶりです。謙信さま」
にこにこと、自分の側に寄ってきた湖の頭にポンと手を乗せると、前髪を上げ額の傷をのぞき込んだ
「佐助、これはもういいのか?」
「はい。あとは軟膏を塗って傷が消えるのを待つだけです」
「そうか」
湖は、謙信が用意した薄青色の着物を着ていた
以前送った着物だ
あの『おるげん』の大名は、その後すぐに息子に跡を継がせ当人は隠居した
特に罰は与えなかったが、自発的に身を隠した
その時のあの場に置き去りにされた着物だった
「よく似合う」
「っ・・・」
前髪を下ろすと、謙信はそのまま湖を見たままでそう言った
間近で謙信にそう言われ、湖は頬を染めた
「前にも、そう言ってくれましたね」
頬を染め俯いた湖が、そう言った
『前にも』と
謙信は、それにすぐに気づき聞き返すが、
「・・・覚えているのか?」
「え?あ、私、何か言いましたか?」
「・・・」
湖は、気づいていなかった
佐助と信玄はその様子を見て、なにかに気づいたようだった
「湖は、最近何か思い出したのか?」
信玄がそう聞くと
「特には・・・でも、思い出そうと考えると、もやもやっとして頭が重くなります」
「無理はしないで」
佐助の声に頷くと、湖はニコリと微笑む
「それより、謙信さま」