第8章 敵陣の姫 (裏:謙信)
謙信一行が移動した先は、宿場からほど近い上杉傘下の国
朝が明ける頃の到着で、城下はまだちらりと人が歩くだけ
小さな国で、織田領地との狭間ではあったが、のんびりとした平和な国であった
それもこの国の大名の性分があるかもしれないが・・・
「佐助・・・戻ったか」
「はい、春日山城へは早馬を走らせました。この国の大名には先ほど話を伝え・・・あ・・・」
「謙信様ーっ!」
朝日を背負いながら年老いた大名は、息をあげ城門へ駆けてくる
「・・・お前」
「お久しぶりでございます。佐助殿から伺って、医師のご用意すませましてございます」
謙信の馬の手綱を引き、大名は謙信を見上げた
「・・・あぁ・・しばらく世話になる」
謙信は、湖を抱えた状態で案内された
用意された部屋は日当たりの良さそうな広めの部屋
褥が引かれ、医師もその場に待機していた
謙信は湖を下ろすと、部屋の隅に座ってその診察を待つ
一緒に来た信玄や幸村は、別室を用意され案内された
診察を終える頃、大名も部屋を訪れていた
医師は二人に頭を下げると、怪我の治療はこのまま経過観察
外傷は時間を掛ければ、癒えるだろうと、家康と同じ判断をした
発熱は、外傷と精神的なものからきていること
薬を処方され、様子を見ていきたいと話し終える
「・・・解った」
「ご苦労様でしたね、先生」
無表情な謙信とは対照的に、医者を先生と呼びにこやかに送る大名
「お前は、変わらずだな・・・佐助から聞いたのだろう?この娘の事・・・」
「お聞きしましたとも。織田家の姫君だと。驚きましたが、崖から落ちた理由が、伊達と徳川の求婚に答えられず、身を投げられたとか・・・お労しい姫君ですな・・・」
「・・・?」
うるうると瞳を濡らし、湖を見る大名
謙信は、その姿と先ほどの説明に怪訝そうな顔をしていた
大名が部屋を出ると同時に佐助が姿を現せば、謙信はどう伝えたのかを問う
「湖さんが、織田家縁の姫であることは春日山城に行けば、情報が入っていること。であれば、少々同情を引いておかないと、連れて行っても危険なだけだと思いまして」
「くくっ・・・、この国の大名には十分だったようだぞ。世話してくれる下女や家臣達まで、「憐れな姫様」だと湖の回復を願っているようだぞ」