第8章 敵陣の姫 (裏:謙信)
「何が、惜しいだ・・・この機会を逃すかっ」
政宗は、すらりと刀を抜き謙信に刃先を向けるが、謙信はそこに座り何かを抱いたまま動こうとしない
その何かに家康は気づいた
「・・・鈴・・・?」
謙信の抱いていた手拭きからかすかに煤色の毛が見える
「なんだと?」
政宗も、それを見ると謙信は壊れ物を扱うかのように側にそれを置き開いた
包まれていたのは、鈴だった
ひどく弱っている
巻かれた包帯や薬は、手当を受けていることを察することができた
家康は、急ぎ鈴の下に寄る
「・・・拾ったのは二日前だ・・・崖から落ちてきた」
「手当はしましたが、猫の姿のまま弱っていっています。せめて人に戻ればと、いろいろ試したのですが、鈴の意識がないせいか湖さんの意識がないせいか、元に戻らず、困っていたところです」
謙信の後に、佐助が続き説明する
家康は猫の首に指を当て、脈を確認すると、一つ安堵の息を漏らす
それを見た政宗もまた一つ息を漏らした
「・・・おそらく、怪我による発熱だ・・・」
「俺もそう思っています・・・でも猫に人の薬を与えて良いものか・・・」
家康の言葉に、佐助は眉をひそめて答えた
「・・・人になら、すぐに戻せる・・・」
「なに・・・?」
今度は謙信が、眉を上げ家康の言葉を聞いた
「おいっ!家康っ、戻すならここから鈴を連れ去ってからだ」
政宗は刃先を下げずにそう家康へ声を掛けたが、家康はしばらく黙って首を振った
「・・・政宗さん、今鈴を無理に動かせば危険です・・・それくらい弱ってます・・・」
「・・・何?」
政宗の刀が降りる
そして、家康に寄り鈴を見ると、確かに息も細く弱っているのは解った
「っち・・・」
「あんな崖から落ちたんだ・・・生きているだけで不思議だろう」
謙信の言葉に、政宗は顔を上げ彼を睨むが、謙信は政宗の事など見ていない
ただ、心配そうに猫を見ているだけだった
「・・・お前・・・」
家康は佐助に褥の用意を指示し、それが済むと猫を抱き移動した
「一体、どうやって戻すんですか?」
佐助の問いに、家康は答えなかった