第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
白粉の落としていった着物を拾い上げる兼続は
「…知りませんでした…信玄様、いつから父から祖父に変わったのでしょうか…」
ぼそっと兼続らしからぬ小さく少し低めな声
「は?」
なんだ?と信玄が兼続の方を向けば
「湖様は白粉様のお子です。白粉様を娘に…というとならば、湖様は信玄様のお孫様に…」
孫、祖父
そんな言葉に信玄は首を振る
「やめろ、やめろ!正式に養子に取るのは湖だけだ!気持ち的にっていう話だろう!兼続、お前がさっさと白粉を嫁にすればなんの問題もないだろうが…まったく…白粉といい、湖といい…」
(あいつに目を付けられる。さっさと外堀を埋めて囲ってやらなきゃ攫われるぞ…)
「俺は、認めてないぞ…湖をお前の娘になんぞ、させてたまるか…」
信玄の否定の言葉の後に、返答をしたのは秀吉だった
ひどく眉を潜ませ、信玄に苦言を入れる
「なになに?あの姫様たち、どこかに養子に入れるのかな?じゃあ、俺も立候補していいだろうか?あの姫たちが手に入るなら、少しは地道に真面目に仕事しようと思えるかも…」
義元はそんな会話を聞き、目を見開くと楽しそうに小さく手を上げた
「義元、お前は放蕩癖を直して、まずは嫁から探せ。それと、安土の奴らに湖も白粉も任せる気はない…癪だが、お前たちの城主も認めたことだ。今更蒸し返すな」
信玄はため息を落とす
そして、会話の発端、兼続を見ると
「あれは、重度の親ばかだ。手を引くにも、囲うにも手を焼くぞ」
「引きも囲いもする気はございません。某は…横に並ぶつもりです。あの方は、人の理から大きくずれておりまする…横に並ぶにも粉骨砕身いたしまするな…」
着物をささっと持ちやすいように纏めると
まるで戦場にでも出ているような面持ちで、
「どう手筈を組むべきか…幾手でも考えましょう」
しかし、口元は笑みを浮かべた兼続が振り返った
信玄は、そんな兼続の表情をみるとふっと口元に笑みを浮かべた
(腹を決めたか…)
「さて…白粉に遅れないように行くか」
信玄達が、森の中を進み始めた
今宵の月は雲に隠れることを知らないようだった