第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
今の私は無力だ
無力ゆえのこの姿
自分の手のひらを眺め握る
湖を知るものが見れば、すぐに見分けがつくだろう
ただ湖の情報だけであれば
「見分けはつくまい…」
ぞろぞろと動くより、湖が一人で動いた方が
相手も少々油断してくれるだろう
あの鬼以外は
あやつにも…そうか…
(礼を言わねばならんのか…)
あの時の私を止めてくれたのは、あの鬼だ
禍々しい鏡の力を封じ、私を治めた
ただ
破片を残したのは…憤懣の情を和らげることができぬがな
あれがなければ、あの猫(黒猫)は苦しまなかった
いや
私か…
私が、かかわらなければあのように苦しまなかったのか…
妖の私は、長く生きた分だけ色んなものを見た
こんな事をおかか様に言えば笑われるだろう
『お前なんぞ、まだ赤子だ。生意気を言うような時間ではないわ』
そう笑うんだろう
だが今は
「いいか。何度も言うが、私は妖だ。いざとなれば、おかか様の封じはこじ開けられる。案ずることは何もない。喜之助を如何に早く取り戻せるか…」
「ですがっ!すでにこちらの情報はっ」
「そうだな。だが、情報だけだ。恐らく湖が来ていると伝わっているだろうな…私ではなく、湖が…と」
湖の行動をある程度知っている者ならば予想するだろう
「あの子は思ったまま動く。予想外にな」
ふふっと笑った白粉は兼、兼続の口もとを塞ぐように指をあてると
「私はあの子の母親だ…「わかるよ?私なら鈴になって忍び込める。喜之助の場所を先に見つけにいく。ね?兼続」」
湖の口調
背中から見れば間違えるほどそっくりだ
「白粉」
信玄が名を呼べば、
「先に行く」
短い白粉の返事の後に、バサリと音を立てて着物が落ちた
にゃぁぉ
と、優しい鳴き声を残して
「…全く言うことの聞かん母子だ」
口を挟まなかった謙信は、スッと足を進め歩き出す
「やはり安土で預かるべきだったな」
ガシガシと頭をかきため息を落とす秀吉
「何処に至って湖は湖。白粉は白粉。鈴は鈴さ。俺のかわいい娘で、湖の大事な母親だ」
ははっと笑い謙信と同じ方向に歩き出す信玄
「母者は、美しい白猫だね…」
空に浮かぶ月を見上げ、微笑む義元