第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「寺は大きいのか?」
白粉が兼続に聞くと
「さほど大きくはありませんが、離れが2つと地下があった記憶がありまする」
「住職はどうしたんだ?」
「あそこは3年ほど前に山賊に占拠され、以降寺としては機能しておらぬはずです。ただ、時折人の姿が見えるというので見回り組に何度か行かせてはおりました」
兼続と信玄の話を聞きながら
白粉は空を見上げる
(どのくらい時間がたったか…)
そんな白粉を見て、謙信は
「湖ならば、佐助達がいる…心配あるまい」
「湖もだが…心配しているのは、あやつ…喜之助の方だ…あれは、こどもだ…」
湖を案ずる白粉は、誰もが見知っている
が、今は他人の、人間の子を白粉は案じていた
「白粉、お前…」
その様子に、謙信も信玄も目を見張った
それに気づかないのは、白粉の背が以前より低くなったせいもあるかもしれない
周りの男たちと変わらぬ身丈だったのが、今は普通の女同様の背だ
顔を下げては余計周りの様子など目に入らなかった
「そんなに眉間に皺を寄せないで。よし…じゃあ、今夜ばかりは俺も、一肌脱ぐとしようかな。それにしても、まさかこんな布陣で戦に赴くことがあるなんてね」
ついっと、白粉の頬に手を当てる義元に
今度は白粉が目を見開いた
「お前…」
「義元でいいよ。美しい姫様」
柔らかい笑みを見せる義元の手首を、ガッと勢いよく握って白粉から離すのは兼続だ
「今川殿!お戯れを!!」
「うん?俺はいたって真剣だが…どうした?兼続?」
「き、貴殿は…っ」
もの言いたげな兼続だったが、場を思い出し義元から手を離すと落ち着くように息をついた
「白粉様、喜之助は強い子です。自分でどうすればいいか、考えられる子です。だからこそ、こうして手がかりを残すこともできる」
兼続は、懐から喜之助の落とした手拭きを見せる
自分が、喜之助にあげたものだ
「大丈夫でございまする。武士の子はちょっとやそっとの事で音を上げないのです」
「そうか……だが、事は迅速に…喜之助を無事に取り戻したい…頼みがある」
兼続の言葉を聞き、白粉はその場にいる彼らに向き合う
「此処からは、一人で行きたい」
薄茶の髪が風に吹かれてなびく
その瞳は、月明かりに照らされてまるで光っているように見えた