第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「湖は…なんか変なところで感が…運が悪い?いいのか??…なんっーか…間が悪いところがあるだろ…」
しどろもどろな声の幸村
「幸村?」
どうしたのか?と佐助が名を呼べば
「顕如、あいつ…昔、信玄様と酒をよく呑む間柄だった…昔は、鬼なんて呼ばれる奴じゃなかったはず、なんだ…」
「信玄様が…」
「湖があいつとどんな関りがあったか、なんて俺は知らねーけど…今のそいつには、あの男の記憶もねぇだろうし…」
そう言うと幸村は言葉に詰まる様に黙る
襖越しに見える幸村の影は、時折頭が項垂れるのが見えた
「あぁーっ!くっそっ…!!頭の中がぐちゃぐちゃする!!」
「幸村」
「わりぃ、佐助。よく分かんねぇけど、ようは…俺は、今の湖を鬼に会わせたくねぇんだ。俺たちは、それぞれの意味があって戦うが…あいつは、違う。復讐の為なら何でも使える物を使って、巻き込んで、壊して進む鬼だ…俺は、そんな物は見せたくねぇ…」
佐助は、襖越しに幸村をじっと見て
その視線を今度は、鈴に落とし
「同感だ。俺たちの妹には見せたくないな」
と小さく笑いながら返答した
「…おぅ」
そして、帰ってきた答えに今度は「ふっ…」と息が漏れる笑いが出る
「あー。笑え、笑え。今更自覚した。そいつは、手のかかる妹だ。ついでにお前もなー…ちょっと前まで、小さくて生意気な弟だったのになぁ」
「俺と幸村は、ずっ友だ。いや…俺が兄?」
「阿呆言うな。俺は子どもになってねーから弟になった覚えがねぇ」
なーぅ
会話を遮るように、猫の鳴き声がすれば
佐助は手元を
幸村は、少し襖をあけて部屋を覗く
鈴は薄目を開けて佐助を見ていたが、佐助の手に撫で続けられ、また目を閉じた
「……寝たか?」
幸村の声に、佐助は自分の口元に人差し指を1本持ってきて
静かに…と合図を送る
鈴が起きれば、白粉を探しに動く可能性がある
今夜はそうならないように、佐助も幸村もじっと見守るのだった
場所は変わり、此処もまた春日山城一角
「九兵衛」
「ここに」
庭先に現れた久兵衛に光秀が現状を確認する
話を聞くうちに、光秀の眉間に皺が寄る
「…そうか…引き続き探れ。必要であれば助けてやれ」
「承知しました」
「…時期が悪かったな、鬼よ」
夜空の月は煌々と闇夜を照らしていた