第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「湖さん」
佐助が部屋を訪れたのはもう夜の帳が下りたころだ
「…湖は寝た…なにがあった?佐助」
「寝るには早くありませんか?」
ふふっと、白粉は膝の上で寝る煤猫を撫でる
「寝かしつけた…が、正解か」
「……まぁ、正解かも知れませんね。こんな夜に飛び出されても困りますからね」
「話せ、佐助」
佐助は、鈴の様子を伺い起きてくる気配がないのを見てから一息ついて口を開いた
「…喜之助が連れ去られました。恐らく狙いは、湖さんかと…湖さんは、信長様を釣るにはもってこい…ですからね」
「喜之助か…奴ら、嫌なところを突いてくるな。胸糞悪いっ」
ギリっと歯の音がたつと、今は妖の力を封じられているというのにひどく禍々しい気配を立てる白粉
僧侶に良い印象を持たない白粉
かつて自分を陥れた僧侶を思い出してしまうのだ
だが、膝にいる鈴の尻尾が動けば、その気配を消し優しくその背を撫でている
「佐助、鈴を起こさぬよう抱いていろ…私は、謙信の所に行ってくる」
「…無茶はしないでくださいよ」
「ふふ…おかしなことを言う。お前たちが、させてくれないのだろう?」
そう笑う白粉は、佐助に鈴を預けると静かに部屋を出て行った
「入っていいか?」
広間の襖は開かれていた
廊下の板張りから部屋に入る手前で声をかけた白粉に
信玄たちの目線が向く
部屋には、信玄、謙信、兼続、秀吉、光秀がそろっていた
「佐助はどうした…」
「鈴を起こさぬよう預けてきた」
謙信の問いに答えながら、畳縁を跨ぎ部屋に入る白粉
「そうか…その方がいいな。湖が聞けば飛び出して行きかねないな」
苦笑する信玄に、白粉は頷く
「で。どうするつもりだ。場所は把握できているんだろう?」
「軒猿が掴んでいる」
「某が行きまする。湖様の耳に入る前に、今夜中に済ませるべきかと。地の利もこちらが有利。ただ数だけが把握しきれておれず、正面から行くには時間を要すると話していたところでございます」
謙信の返答後、兼続が白粉を見て説明した