第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「さて…小僧、少し話を聞かせてもらえぬか…」
「こんなところに攫ってきたやつが何いってやがるっ!」
両腕毎柱に括り付けられ座らせられている喜之助
その頬には、抵抗したのであろう殴られた跡があった
「其の齢で一人前に武士の子だな」
「っ当たり前だ!坊主がなんのようか知らねぇけど、なんも話さねーぞ!」
横にそっぽを向いた喜之助に、顕如は「立派なことだ」と含み笑いをしながらそう返す
「…ほんとに、あんた何が目的だよ。立派な坊さんじゃないのかよ…」
喜之助がこんなことになったのは、家から城へ向かう途中だった
数刻前、
浪人風の男と、僧侶の姿をした男複数人が
喜之助を軽々と抱え人気の無い道へと連れ去った
口元を手拭きで縛られ、くぐもった子声しか上げられない
抵抗して手をばたつかせれば、当然のように抑えられ
それでも途中で下腹部を蹴り飛ばし、振り落とされたと同時に駆け出したが、子どもと大人の歩幅では追いつかれるのもあっという間だった
口元の手拭きを外し、叫ぶが
「誰っか…っ!!!!」
ずしゃっ、ドンッ!!
頭を道に押さえつけられ、頬が痛む
「ぐぁ・・っ」
「っ、小僧がっ…!」
はぁはぁと荒い息の浪人に両手を後ろに縛られ、
外し下げ首元に落ちた手拭きでまた口を覆われる
それでも喜之助は、自分がここに居たとわかるように
体を地面にこすりつけ、懐に入っている手拭きを落とす
(兼続様から頂いた手拭き…っ、これで解るか…父上、母上…っ)
そして今
人攫い、どこかに押し込められるかと思えば
さほど大きくはないが、古びた屋敷の中にある部屋に連れていかれた
口元の手ぬぐいは外され、代わりに柱に縛り付けられたが
刀を向けられることもなく、自分を連れてきた複数の男たちはその部屋を出て行った
代わりに入ってきたのが、紫の法衣、黄色の袈裟の僧侶だ
(法衣の色、紫ってことは…本物なら最上位の僧侶だろ…)
「えらい僧侶が小僧に何の用だよ!」
「ほぅ…よく学んでいるな…学を与えているのは、誰だろうな」
(兼続様狙いか…?)
「まぁ、いい。さて、お前に聞きたいのは…城にいるお姫様の事だ」
「姫…」
(湖狙いかよっ!あいつ、一体何に目つけられてんだよ!)
「あの姫には、俺も縁があってな。用あって…会いたいものでな」