第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「じゃあ、湖は何して良いの?」
「なんでもお好きにされて問題ありません!」
沈黙が部屋に落ちる
「兼続、お前言ってることがおかしいぞ…」
白粉に微妙な表情をされ、兼続も「わかってはいるのですが…っ」と言うと…
「ただいま佐助殿は情報収集へ。信玄殿と幸村殿も本日は城外へ出ており、某も…」
「警戒する必要はないだろう?この情報は光秀…織田側からの物なのだから、彼らが危険を冒すようなまねはしないだろう…なにか、あれば私も居る」
「ですが、白粉殿は…っ」
心配する兼続に、苦笑する白粉
秀吉は、ここ数日の兼続の様子を見ていた
この二人が心配でならないという様子がよくわかる
成長した湖を見て驚き、白粉の今までとは変わった気配を察し信玄から話を聞くと驚きと困惑の表情を見せた
(この男が見せた表情はそれだけではないような気がするがな…)
―ひとつき…ひとつき、考える時間を与えられた。私が、この世に残るか消えるか
妖としての力は封じられ、今は人とほぼ変わりない
まぁ、湖同様…この身を猫に変えることはできるがな
…迷惑をかけるが、もう少しここに居させてくれ
そう言った白粉は、気落ちし疲れた様子だった
実際そうなんだろう
登竜桜と別れ、ここ(春日山城)まで猫に姿を変え馬で帰ってきた白粉
今までならその場で姿を人に変えていたが、それも出来ない
なぜなら人に変えれば身につけている物がないのだから
馬に酔い佐助に抱えられたまま部屋に戻ると、その日は部屋から出ては来なかったと聞く
(こいつの妖(あやかし)としての存在、出会い、湖を攫っていったこと…決して良い思いはない。しかし、危うかった湖を助けてくれたのは事実。そして、ここまで育て見守ってくれたのも事実…それが越後で信長様に敵対する国だったことは今でも気に食わないが)
秀吉を含め、湖と白粉に関して織田の考えはおおよそ一緒だ
その関係は、母子である
血の繋がりではない
湖と白粉は確かに通じ合って、親子の縁を結んでいる
(時を超えた湖には身寄りがそばにいない…きっと心細い時もあっただろう)