第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「これも、その一つだ」
空になった信長の酌に、秀吉が酒を注ぐ
「…ずいぶんと気前のいい祝いだな」
「そうだろう。礼は示してもらうがな」
「礼だと…?」
信長と信玄の空気がさらに張り詰める
が…
『…さて、酒は抜けたぞ。その話だが、ここを出てからに出来ぬか?先ほどからざわざわと声が飛び交ってうるさくて仕方ない…続けるのであれば、湖と白粉を残し、お前達を放り出すことにしよう…』
ため息とともに感じるのは、重たい殺気混じりの妖気
人の殺気とは異なる気配
これは、登竜桜や白粉、以前対峙した教(僧侶)…人ではないものが出す気配だ
額に手を当てた登竜桜は、じろりと信長と信玄を見る
「桜さま?」
そんなことお構いなしに、気の抜けた声が聞こえる
湖だ…
『湖、正気に戻ったか?』
「正気??私、何かへんだった?」
湖の視界には、近距離に謙信
のぞき込む登竜桜
そして、険しい顔の信玄が入っている
「ととさま?」
目をパチパチとする様子を見れば、今までの話が耳に入っていないことは容易にわかる
「いや…すまないな。桜様の場を荒らした事は詫びる。追い出さずにいてくれると助かる」
ふっと、先ほどまで纏っていた空気をはじめに和ませたのは信玄だった
「謙信さま…?何かあった?」
「後で話す。湖、もう視界はおかしくないか?」
「視界?」
登竜桜の視線は、織田側を向く
彼らも小さく頷いたのを確認すると、登竜桜は「ならばよし」と湖の頭をくしゃりとなでた
『儂が酒を煽らせて酔っ払ったんだ。覚えていないか?』
「あ…」と小さく思い出したように声を漏らした湖は、信玄の方を見ると
「ととさま、ごめんね」
と謝る
「美味しそうで…試してみたかったの」
とちらっと、舌をだしてさらに言えば
ペチンと額を叩かれる
いつの間にか、登竜桜と変わって謙信の背後にいた白粉にだ
「馬鹿者。お前はまだ成長して間もない…十五の姿をしていても、赤子から今日までまだ半年ほどしかたっていないんだ。体が慣れるまで、なんでも慎重にならねばならない」
「う…っ、は、はぃ…」
「先ほどのは、おかか様にも非があるが…」
ぴりっと、一瞬刺さる気配に登竜桜は白粉を見ながら『怒るな』と苦笑いを見せた