第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
(なんだ…これは……)
見えたのは、過去の記憶
そこには湖の五百年先に居る両親の顔が見えた
父親は登竜桜の預かる湖の記憶で見知っている
(母親が…おかしい。預かった記憶でも顔が解らなかった…その事に、いままで違和感さえ感じていなかった)
父親は、異国の血が混じってるであろう
緑色の瞳に、金色の髪、長身の優しげな笑みを浮かべている
母親は、身体は見えるのに顔がはっきりとは見えないのだ
(…何がある?誰かに記憶を妨害されているような…なんなのだ、これは…)
そもそも過去の記憶は、すべて登竜桜が持っているんだ
今更記憶が流れ込んで来るなど、無いはずなのだ
登竜桜の様子に湖も気付いたのだろう
少しだけ身を離すと、登竜桜の顔を見て首を傾げる
「桜さま?」
『…あぁ』
(悪意は感じられない…母親自身が掛けた暗示か?…解らぬが、普通の人とは異なるかも知れんな…湖の母者は)
『なんでもない…さて、お前の刻の乱れは、やはりあと二回ほど調整が必要だ。成長に関しては、次の機会に聞くことにするが。あと二回は、必ず来い』
「二回しか…来ちゃ駄目なの?」
予想していなかった言葉に返答に困ったのは登竜桜だ
『…此処に来たいということか?』
「うん。治療が終わっても遊びに来ちゃだめ?」
『構わんが……わざわざ来るのか?』
「…?わざわざ?桜さまは、私のおばばさまなんでしょ?三つの時に、そう言ったでしょ?」
『…言ったような気もするが…それがどうした?』
「なんで」と更に首を傾げた湖は当然だと言う
「家族に会いに来ちゃだめなの?」
『家族……』
言われたことのない言葉だ
「母」と呼ぶ白粉も「家族」とは言った事がない
「家族か…そうだな。家族に会いに行くという行動を人の世でよく見た。なんの問題もない行動でしたよ」
白粉は、湖のそれに賛同する
自分の事はまだ迷っていて決めかねているが、登竜桜の元へ通い続けたい
遊びに来たいと思う湖の言葉は、ストンと胸に落ち自分もだとそう思ったのだ
『…来たいのならば来ればいい…いつでも招こう』
ふっと笑う登竜桜の笑みは、いつもの笑みとは異なり柔らかく嬉しそうなものだった