第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「かかさまは、私が「ずっと一緒だよ」って言ってもいつもちゃんとお返事くれなかった。大きくなるにつれて、時々突き放されるてるって感じる事もあった…だから、気のせいだと思いたかったけど、感じてた……かかさまは、いつか居なくなる気だって…」
『白粉をお前のお守りにつけたのは儂だ。偽りとはいえ、赤子からやり直したお前には、母が必要だと思ったからな…そして、その期間を決めたのも儂だ』
登竜桜が白粉と湖をまっすぐ見つけて話す
『湖、白粉はすでに死んだ者だ。魂だけ残って居たのも、儂がこの世に縛り付けている。儂の力無しでは、此処には居ない存在だ』
「…私は…桜様の預かっている記憶の私は、白粉が死んだことを知ってるの?」
『あぁ、承知している』
「こうやって生きてる…私の側に居ることも?」
「…知ってるよ」
登竜桜の代わりに答えたのは、直ぐ側に居る白粉だ
「お前は、知ってる。私がいかに愚かな死に方をしたのかも。なぜ魂だけで此処に残ったのかも。どうして、母役をしているのかも」
弱々しく笑う白粉は、また泣きそうな表情だった
「解った…なら、聞かない。記憶が戻れば、解ることを今聞く必要は無いもの。それより大事なのは…」
『白粉を留めることは出来る』
今、一番重要なのはそこだ
ほっと息を吐けば、登竜桜は続けて話す
『だが、妖のままでは無理だ。いくら留めても、一年ほどが限界だろうな…器が保たない。だが、人かただの猫としては可能だな…50年は保つだろう』
「人か、猫…?」
「私に…人になれと…?」
『なれとは、言っておらん。決めるのはお前自身だ』
白粉の顔色は蒼白だ
泣き疲れた目元を覆うように、登竜桜が手を伸ばすと
「ほぅ…便利なものだな、神の力というのは…」
その目元は、もとのすっきりしたものに治っていた
信長たち正面からは、その様子、白粉の表情もよく見えた
湖の複雑そうな表情も
「白粉」
信玄に名前を呼ばれ、びくりと背を揺らすと白粉は戸惑うように口を噤み目を逸らす
その様子に、白粉が話を理解し動揺しているのが解る
(無理もないか…)
『……次だ。次、此処へ来るまでに決めておけ』
登竜桜が盃に酒を入れながらそう言う
すると全員の視線が白粉から土地神に向くのだ