第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
自分の耳に入っても解るくらい情けない声に、白粉は耳まで染めた
『お前の思考が煩くてな、口に出せば落ち着いただろう?』
「……それくらい娘の為を思うなら受けてくださっても良かったのでは無いのですか…」
『為にならないものを受け入れる必要はない。大体、貴様は昔からうじうじと悪い方ばかり考えるのが面白く無い…此処から動けぬ儂のためにとばかり動き、やっと追い出したと思えば死んで帰って来て、更には文句を言うか?』
フンと鼻で笑う登竜桜が、文句を並べ出す
何故かその光景に見覚えを感じる一部の面々は、知らず知らずと信長と登竜桜を交互に見てしまうのだが
『落神だと?儂が側に居るのに、何故そのような馬鹿な考えになる。そんな存在に娘を変えるくらいならば、さっさと人に変えてくれるわ……馬鹿馬鹿しい』
わざとらしく大きなため息を落とした頃には、登竜桜の足下にいつもの動物たちが集まってきている
なになに?なんかあった?と、ばかりに耳をぴくりとさせ、登竜桜と白粉を交互に見るのだ
「は…?え……」
「え…?」
登竜桜が閉じていた目を開けば、目の前にはきょとんと目を丸くし自分を見る白粉と湖の姿がある
「ほぅ…猫は人として生きる道があるという事か」
状況を黙ったまま見ていた光秀の声が場に落ちる
彼は、当初の席から微動だせずに酒を飲んでいたのだ
『……佐助とそこの…お前の世話先人には話をした事だ』
「…はい。知っています」
「聞いたな」
「謙信から聞いている」
佐助、謙信は表情を変えずに
信玄は苦笑しながら答えた
「…手段があっても、白粉さん自身が望まない限りはと…謙信様」
「そうだ。手段は存在しても、使うか使わないかはそれ次第だ」
「そんなわけだ。桜様」
『……なるほどな。確かに、貴様達の言うことは筋が通る。手段はあれど、覚悟が無ければ使えんものだからな…白粉には、儂が話そう…が、その前に湖だな』
ぎゅうっと白粉の着物を引く力が強まるのを見て、登竜桜はふっと笑う
『お前は賢い子だ…察してはいるのだろう?』
そう言われて、登竜桜と白粉、それから周りをくるりと見回すと小さく頷いた
「湖…」
「…そうかも、とは思ってた」
ぽつりと、口から零れるように聞こえた声は小さいがしっかりとしたものだ