第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
記憶を戻す
そう話をした頃から、白粉の表情は冴えなかった
何を考えているかまでは見通せなかったが…
(まさか、この場で役を降りると言い出すとは思わなかったな…だが、少し考えれば解るか…)
白粉は、湖の成長を見届け自分の記憶を消すのだと初めに宣言していた
記憶を取り戻してからも自分がいたのでは、記憶の都合が付かない場面が出てくるだろうと、そう考えたんだろう
湖を抱きしめたままの白粉に声をかけたのは信長だ
「…貴様は、此奴のお守りだろう。何故役を降りる必要がある」
伝う涙を隠す様子もなく、信長の方に顔を向けた白粉は
「私はこの時間に本来存在しない者だ…おかか様の好意で、わずかな刻を過ごさせて貰ったのだ。湖は十分成長している。もうお守りは、不要だろう」
と、そう言うのだ
白粉に喜怒哀楽の表情は見られない
本人が努めてそれを出そうとしないからだ
だが、その瞳は明らかに悲しみの色を見せていた
流れ出る涙も留まることがないのだ
「…白粉様、残念ながらそれは人には通用いたしません…とくに大切に育てられた子であれば、あるほどに…そう私は思います」
三成だ
耳を澄ますように、目を閉じて
湖をただ優しく撫でる白粉に三成は続けた
「獣の子であれば、親離れをし完全に独立しようとも。人はそう簡単ではありません。親の存在は大きいのです。とくに大切に育てられた子であれば、あるほど…親の存在は大きなものになると思いますよ」
「…三成に同意するのは癪だけど…今、あんたにその娘(こ)の手綱を手放されると色々と面倒だ」
「面倒じゃなく、心配だろ?自分が常に側に居るわけではないしな…家康、素直に話せ」
「……居ないよりは、居た方がまだマシだと思っただけです」
三成の言葉の後に続いた家康
その家康の背中を軽く叩きながら、政宗がにやりと笑う
「湖さんは、この時代に産まれた者ではありません。ですが、ここに残ると決めた…なら、何の駆け引きも不要で何時でも頼れる存在があるのはどれだけ心強いか…白粉さんも理解しているんじゃないんですか?」
「……」
佐助の掛けた声にも、白粉は応えることをしない