第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
『駄目だと言えば、どうする?…もし、儂がそこの記憶を消すと言えば…?』
「やめてってお願いする」
湖は、登竜桜の声色も表情も伺わずに即答した
「消さないでって、私は桜さまにお願いしかできないけど…それでも、そうお願いする」
『…ならば、仕方あるまい』
フッと笑ってから、すぐに登竜桜は眉をしかめた
『だが、声が煩すぎる…お前達、まずは内輪で話をすべきだろう』
パンパンと手を打てば、いつもの赤い敷物が現われ荷台に置いてあった酒や果物もその場に綺麗に置かれていくのだ
『さて…儂は此処で少し飲むとする。お前達は好きに話せ。決まり次第声をかけろ』
「あの、桜様…」
『佐助、お前も湖同様。後ほど成長させる…今のままでは、声が飛び合いすぎて煩すぎる。集中出来ん』
登竜桜が言っている声とは、武将達の思考だ
先ほどの湖の言葉からだ
自分を信玄の家族にして欲しいと頼んだ
そう発言があってから、流れ込む思考の量に酔いそうになっているのだ
佐助もそれに気づき「はい」とだけ答えた
そして
「とりあえず、皆さん。座りませんか?」
と、彼らに席を勧めるのだった
座りはもちろん対立席のような対面となる
登竜桜の座った敷物の方に、越後勢が
向かい合った敷物に安土勢
湖は、越後勢の席に座っている
「先ほどの続きだ。湖を娘に迎えるのは、湖の望みだと言ったな」
信長は、信玄とその隣に座った湖を見る
「信長さまは、おじーちゃんのお城で言ってたね。私にそんな勝手を許してないって」
「湖、問題無い。こいつがなんと言おうが、お前とこいつには主従関係は全くない」
「お前は俺の世話役だ…いかなる時も俺の命令を待ち、俺に従う」
「貴様…っ、いい加減に…」
湖、信玄、信長
この三名から始まった話にまだ誰も口を出さない
「…私は、信長さまの世話役だったの?じゃあ…安土城にいたの?」
「そうだ」
「…そうだが、それは偶々だ…むしろ、連れ去りのような状況だ」
(連れ去り?)
ちらっと信長を見てもその表情に変わりは無い
肯定も否定もしないのだ
「兄さま…私は、その時、兄さまと一緒だったの?」
「いや。俺が、湖さんを見つけたのは、信長様と会った直後だと思うよ」