第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
身体の脇に手を差し入れ、湖を持ち上げたのは信長だ
「来い、湖」
「の、信長さま??」
驚く湖をよそに、信長は自分の方を向くように抱え治せば
カキン…と刀のぶつかる音がする
はっとして横を見た湖の目に入ったのは、謙信と秀吉が刀を交えているところだ
信玄も何時抜いてもおかしくない表情
「え?…え、ええ??謙信さま、秀吉さん!?」
「…ほぅ。少しは重みが増したか?足がずいぶん鍛えられているようだな、何をしている?」
つっと、湖を抱えたまま器用に信長の手が足を這えば
「っ、ん…っ」
と、湖の小さな声が出る
「貴様、離せ…」
「信長様に刀を向けた不埒者が…っ黙れ!くっ」
謙信の目がぎらりと獲物を捕らえたように鋭くなり、秀吉は力任せに刀を押さえつけている
「…俺の娘を帰して貰おうか。今すぐに」
ゆらりと信玄からただならぬ殺気が漏れ、他の武将達も刀の柄に手を持って来ざる得ない
「貴様の仮の娘だろう。此奴の主は俺だ」
「お前、湖が十二になって態度を変えたな…」
「これは十分、以前の湖だ。支障あるまい」
「…悪いが、湖と俺は親子の契りを交わす事になっている。お前と湖とは、なんの関係もない。娘の自由を縛らせるわけにはいかないんでな…湖を離せ」
謙信が鋭い牙なら、信玄は燃える刀剣だ
「……湖、信玄と親子の縁を結んだのか?」
「ん?私がととさまにお願いしたの。本当のととさまになって欲しいって」
抱えた湖が、そう言えば
信長は表情を変えないまま湖を下ろした
「貴様にそんな勝手を許した覚えはない」
「……??えっと…私は、信長さまの何かだったの?」
「貴様の主は俺だ」
「信長っ!いい加減にしろっ!」
しゃらっと、刀を抜く音がする
それも一本二本ではない
光秀まで懐に手を入れているのだ
湖でも解る
一発触発の事態だと
「わ、ちょっと。まって…っ、私、今日で十五歳になるのっ!大きくなるの!なんで、そんな日に喧嘩してるの!?やめてくださいっ!」
湖の大きな声に、空気が途切れる