第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
透明な小石を見ていた湖が視線をあげれば、喜之介は直ぐ側まで来ていて…
「お、お前はっ…そこそこ美人、なんだから、攫われないように気をつけてこいっよっ…!!じゃあな!!」
視界いっぱいにある喜之介の表情は、真っ赤になっていて
それでも視線はしっかり合わせてくれていた
そして言い切るだけ言い切ると、脱兎のごとく去って行ったのだ
「湖様、ご用意できまし……湖様?」
喜之介が去った方角とは別方向から声がかかる
兼続だ
兼続は、湖の後ろ姿を見て言葉を切った
その肩が微妙に揺れ続け、なにやら笑っているのだから
「うん。出来たよ、兼続…ふふ」
振り向いた湖は、にこやかだ
「何か良い事などございましたか?」
「ん。お祝いもらっちゃった」
指で摘まんで見せた小石に兼続は見覚えがあった
「それは、喜之介の石英…喜之介が来てたのですか…」
「ん。裳着のお祝いだって」
「……童に先を越されましたか」
はぁっと、小さく苦笑した兼続から聞こえるため息
今回兼続は春日山城に留守だ
行くのは、謙信、信玄、佐助、幸村
この四人が行くならば、自分は留守を守りますと自ら決めた事だ
「そちらは石英という鉱物です。異国では、「水精」と呼ばれ薬として使われているそうです。本来は、六角柱のごつごつしたもの…不老不死の薬の材料として、紫石英がごく希に出回っておりますな…」
「不老不死の薬?すごいねー」
「真に受けてはなりませぬ。某は信じておりませぬし、実際不老不死になった者もおりませぬ」
「へー」と珍しそうに石英を見る湖は、風花の手綱を引きながら謙信達の待つ場所へと移動し始めた
「不老不死の薬より、よっぽど美味しい物を差し上げましょう」
そんな湖と並んで歩いていた兼続が懐から取り出した物は、見覚えのある物だった
「あ。金平糖?!」
「はい、某からのお祝いの品です。本来ならば、戻られた後…と、思ったのですが、喜之介に先を越されては今渡しても問題ないかと」
「金色だ…」
「異国の文献を参考に、入手した砂糖で作らせました。砂糖と水を煮詰めて作ったものです。金平糖よりずいぶん大きくなってしましましたし、数もございませんが…」