第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
しゅるりと、まるで衣擦れのような音を立てて白粉の身体に寄り添ったのは、白粉同様の
いや、白粉より二回りは小さいだろう獣だった
煤色の毛、うっすらと桃色の光を帯びた獣
緑と金の瞳を縁取るように、白粉と同様の朱色の化粧が入っている猫だ
『湖、馬鹿者…っ』
ミャォン
白粉の首筋にすり寄った猫は、鈴そのものだ
「湖…だと…」
「湖様…っ」
「湖さん、急いで!」
「急げっ!湖っ」
次に聞こえたのは、佐助と謙信の声だ
「おいっ!一体どういう事だっ!」
政宗が、謙信を睨むように見るが…
「湖様!お急ぎくださいっ」
三成の声も続けて聞こえ、視線を三匹に戻さざるえ無くなる
三人の声を耳に入れたのか、煤色の猫は白粉の前に進み神落ちに威嚇をする
フゥーーッ
煤色の猫が、姿勢を落とし威嚇するが
黒い獣は、一歩一歩と二匹近付き始める
『オ、…シロイ…コ・・』
そして、その速度が上がると同時に
二匹の内、一匹がその場から姿を消した
姿を消した白粉は、あっという間に黒い獣の後ろに回り込み、背中に刺さるようにあった鏡に噛みつき抜き取ったのだ
そこからは、断末魔だ
黒い獣は、苦しそうに声を上げ木にぶつかり身を転がす
白粉は、すぐに煤猫の横に並ぶと
くわえた鏡を落とし、業火でそれを焼き尽くした
煤猫は、ニャォンと一鳴きするとその姿を変えた
十二歳の少女の姿に
『身体に支障はないか?』
「…ちょっと、眠たい……」
白粉の尾に抱えられるように、人の姿に戻った湖は途切れ途切れにそう答えた
『おかか様の力を借りたんだ…普通の人間であれば、それだけでは済まないんだぞ』
白粉は心配するも、まだ警戒をしたままだ
視線は湖を見ていない
「うん…桜さまにも、言われた」
『愚か者が…』
「ふふ…湖は…かかさまが、大好き、よ…」
白粉の尾に包まれたまま、湖は深い眠りに落ちていった
黒い獣の大きさが小さくなり始め、側に居た武将達も白粉の方へと寄ってくる
そして、本来の大きさであろう黒い猫の姿に戻ると
白粉に顔を向け、一鳴きするような仕草を見せた