第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
(…っ、狼狽えるな…心を乱すな…私が守らねば、誰が湖を、おかか様を…あ奴らを守れる…っ)
吸い込む息を体内で熱に変換させる
閉じた口を薄く開け、相手に向かって業火を放つ
だが、黒い獣はその場を動かない
まるで鏡が守るように、淡い不気味な光を纏って何一つ変わらずに居るのだ
『オ、シロ・・イ…』
『…っ、呼ぶな…っ』
ドゴンッ…ガッザザザ…ッ
木が倒れ、地響きを成らし地を揺らす
暗かった視界が、なぎ倒される木で光が入るようになる
兼続と政宗は、白い毛並みを追って走っていた
「おいっ!待てっ…、お前が行ったところで何が出来るっ!!」
「放ってはおけませぬっ!なぜ、貴殿が追ってくるっ!」
「手を貸すために決まってるだろうがっ」
政宗は、兼続には行くなというくせに、自分が問われれば助けに行くと言うのだ
「っ、ふざけるな!」
武将二人の速度は変わらない
やがて、今までに無く視界が広がる場所に出れば…
そこには、業火を放つ白粉の姿があったのだ
金の瞳を縁取る朱色、白銀とも見える毛並み、鋭い牙の合間から見える炎
この世のものとは思えない姿に、一時我を忘れてしまう程だった
『オ、シロ・・イ…』
『…っ、呼ぶな…っ』
獣たちの声は、政宗と兼続にも聞こえる
呼ばれた白粉の瞳が揺らぐのだ
「っ、白粉殿っ!!」
『っ!兼続…っ、馬鹿者っ、何故来た…』
「俺も居るぞ。手を貸してやる」
『お前達、あれには絶対に触れるなっ!先ほど、奴が落とした物をみただろう…触れるだけで、ああなるのが落ちだ』
「「っ…」」
(手出し出来ないってわけか…)
舌打ちが政宗の耳に入る
それは、兼続のものだった
その目は、白粉の先の黒い獣を睨んでいた
『…彼奴は仕掛けて来ない…あの鏡さえ引き抜けば良いのだろ思うが………』
「…猫?どうした?」
政宗が、白粉の途切れた言葉に声をかける
「白粉殿っ」
兼続もだ
すると、白粉は目を閉じて小さく唸り『馬鹿娘』と言った
『お前達、下がれっ!』
白粉が声をかけたと同時に、高い木が不自然に揺れ動くのが解った
政宗も兼続も、視界をそらさないまま後ろに下がる
ザワリと、木々が大きく動く気配
まるで木々が道を空けるように空間が出来るのだ
いや、そう錯覚してしまうのだ
『馬鹿娘…っ』