第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「白粉殿っ!」
兼続が無意識にそちらへと走り出せば、あとを追うように政宗も続いた
湖は、謙信の元へ運ばれ
「謙信様、白粉さんからの伝言で・・」
「聞こえていた。だが、彼奴の指示はうけん」
「…そう言うと思いました。どうされますか?」
三人に近付く三成が、口を挟む
「あの鏡を切り離せばよろしいかと思うのですが…」
ちらりと、登竜桜の本体
桜の木を向けば
『そうだ。あれを切り離せ。神落ちには、お前達は刀を向けるな…身を滅ぼす事になる』
声だけが聞こえる
はっと目を見開いた湖は、登竜桜の方に顔を向け
身を乗り出すように声を出した
「っ、さくらさま…起きてるのっ?…っ、お願いっ少しでいいから、少しだけ私に力をください」
「湖様…?」
三成も、謙信も、佐助も、それに眉をひそめれば、登竜桜は一息ついて低い声で答えた
『…馬鹿な考えを』
「一瞬でいいのっ」
「湖、何をするつもりだ」
謙信が腕を掴む手が、いつもより強い
見上げれば、そこには自分を見る目が六つ
「湖さん、白粉さんは大丈夫だから・・」
「兄さま、なんで大丈夫って言えるの…言えないよね?私、あれ知らないもの…でも、すごく嫌な・・違う…すごく悲しい気持ちになる……かかさまだけじゃ、すぐにあの気持ち悪い鏡は抜けない…」
「湖様、何をされるつもりですか」
三成を見た湖は、ふるふると首を振った
そして…
「ただ、かかさまの側に行くだけ」
黒い獣は、いくら白粉が攻撃をしてもやり返しては来ない
ただ、鏡を抜こうと試みれば、そこには激しく抵抗するのだ
(いや…これは、こいつの意思ではないな…)
鏡に近付けば、青白い光が増す
まるで、道具に操られているように見えるのだ
(注意を引ければ…)
あまりの抵抗の無さに、白粉の手も緩む
本来であれば、力の限りに当たっても
神落ちと今の白粉…仮の器では、あまりに力の差がありすぎる
本来敵う相手ではないのだ
--『相手はあれでも神だ。今のお前ではどうにも出来ん』
登竜桜に言われた通りだ
だが、この神落ちは攻撃してこないのだ
それどころか、途切れ途切れに必死に自分の名を呼ぶのだ