第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「あの鏡?」
湖が、首を傾げた
『…どうりでな…長く生きた神にしては、礼儀を知らぬわけだ。儂から根こそぎ力を吸ったのも、単なる食事か…まったく、人間の世には禍々しい物があるな…』
『おかか様、名の知れた神とは異なります…あの鏡をぬけば、元に…いえ、消えるかと思いますが…どう判断されますか?』
登竜桜は、一瞬目を閉じ息を付いた
(たった数年生き、人の手により殺され式神になった獣…運悪く、道具の力でその存在をこの世につなぎ止めた。「神落ち」した猫か…儂が手をかけるのは構わぬ…が、今長く休むわけにはいかぬからな…)
『…白粉、出来るか?』
『支障ありません』
ふぅっと、大きく息を吐く登竜桜
白粉達が訪れる前に、分け与えた力
本体に戻り休む程であった
それでも、白粉達が来たことで一時起きた
起きたとは言え、回復したわけではないのだ
(おかか様は…休んで貰わねば成らない。今無理をして数年眠られるわけにはいかない…)
前に身体を進める白粉に、登竜桜は声をかける
『相手はあれでも神…それも、お前と・・』
『心配はご無用。我が母と娘を守るのは当然です』
『…少し時間は要するが、お前の回復は案ずるな…決して無理はするな…追い返すだけでもいい』
『ありがとうございます。おかか様は、少しの合間でもお休みください…』
登竜桜は、困ったように眉をひそめると『すまんな』と言いその姿を消した
登竜桜が消えると共に、明るい世界も変わる
木々が覆われ、薄暗く、湿り気のある空気
頭上の葉の間から、細い日の光が所々だけ指す
そこに存在する黒い猫は、不気味さを増すのだ
謙信達は、ようやくその身を動かせるようになった
『湖…謙信たちのところに行っておいで…』
「っ、かかさま」
『案ずるな…佐助』
白粉の呼ぶ声と共に、側に現われた佐助は湖を横抱きに抱えた
「っ、兄さまっ」
「……」
『佐助、頼む…可能ならば、あやつらも此処から遠ざけろ』
「それは保証出来ませんが、言ってはみます」
ざっと、地面を蹴る音と共に佐助の身体が後ろに引く
すると、黒い獣もそれに反応するのだ
『オ・、ノ・・』
だが、それよりも早く反応した白粉によってそれは瞬く間に森の奥へと飛ばされていく
白粉もまたそれを追って、奥へと走るのだ
「っ、かかさまっ!!!」