第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
『…お前、誰だ…』
白粉がそう聞いた時だ
黒い靄の頭上に、三角のまるで獣の耳にも見える形が出来たのだ
(獣か……白粉と同様、獣から神に上がったものか…?)
『白粉、解るか?』
『…いいえ、心当たりはありません…付喪神であれば、何人かは周囲におりましたが…私と同類のものは…』
だが、黒い靄は確かに「オシロイ」と声を発している
(私に関わりある神…だが、獣では居ないはずだ…)
「黒いねこ」
白粉と登竜桜が後ろを振り向けば、いつの間にか湖が敷布から外に出てしまっているのだ
(佐助はどうした…っ)
登竜桜の張った結界の向こうに佐助の姿は見える
彼は、こちらに来ることは出来ないようだ
壁に手をつき探っていた
『…湖、動くなと言っただろう』
『壁があっただろ…』
(結界は張ってある…が、そろそろ休まねば限界か…)
後ろに造った結界も拘束も、普段とは全く異なるほど弱いものだ
(奴等が拘束を自力で解くのも、そうそう時間がかかるまい…)
「だって、かかさまも桜さまも見えてないみたいだったから。壁?壁なんてあった?」
湖は、白粉の後ろ足に身を寄せる
『見えていないとは、どういう意味だ』
登竜桜が聞けば湖は、あの靄が黒い猫の形に見えると
二人がもう一度靄を見る
やはり獣の耳以外はただの靄だ
『こどもの目であれば、か…?湖、他になにか解るか?』
視線は神落ちから変えないまま登竜桜は、湖に声をかける
「…身体の横に大きな傷があるよ。かかさま、なにか解る?」
このへんと、自分の脇腹を差した湖
『傷?……まさか』
『……オシ、ロイ、コ…オレ、ノ、…』
『まさか…っ、違うっ!っ、この子は人間だ!』
『白粉…』
『おかか様、この者が解りました…おそらく…』
湖をちらりと見た白粉は、声に出さずに登竜桜に伝えた
(私が死す直前に生んだ子の片親…一度だけ関わりを持って、まさか子を孕むとは思いませんでしたが…それ以降、姿を見てはおりませんでした…)
軽く頷くと登竜桜は、目を細める
『…なるほどな。では、お前の匂いにつられて此処に戻ってきたわけか…』
『オ、ロイ…アカ、ゴ』
『だが、あれは普通の猫だった…まだ10年も生きていない猫だ…』