第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「……っ、声が…っ」
普通に声を出す湖、そして少し眉をひそめながら声を出した佐助
その二人に白粉は、困ったように笑みを浮かべた
「お前達二人は、おかか様の力にあたっているからな…完全に制することはできんな…」
ふわりと、白粉が姿を変える
真っ白の大きな妖の姿に
その透き通るような毛の先、
もっとずっと先に
登竜桜の世界には不釣り合いな黒い靄があるのだ
「…あれ…すごく、いや…」
湖の視界に入ったそれは、少しずつ自分達の方に近付いてくる
形のない黒い靄
大きさは山犬ほどだろうか
ずず…ずずず…
何か引きずるような音と、進めばどす黒い痕を残して
『…約束を違えたばかりか、そのような物を此処に持ち込むとはな…形を忘れたものよ、招かず入ってこられ…何をする…』
『神落ちよ。そなたは、すでにおかか様の力を得たはずだ。約束を違えるのはいくら神とはいえ、許される物ではない』
ぐるる…
登竜桜の落ち着いた声のあと、白粉の殺気を帯びた声が続く
白粉は、登竜桜の前に立ち「神落ち」と呼んだ黒い靄の前に立ちふさがった
(っ…声が…身体も…ですか…っ)
横目でその姿を捕らえ、手を動かそうとしてもぴくりとも動かない
兼続の額から汗が伝った
(くそっ…なんだ、これは…)
(思考は動く、視界も視線も……身体が身動き一つ出来ない…力を込める事すら…っ、)
政宗と、三成
(……土地神の力か…厄介な…)
そして謙信も同様
視界、聴覚、嗅覚、感覚的な物はすべて支障無い
だが、身体を動かそうとしても意識は出来るのに、その身は石像のように動かないのだ
それに対し、佐助はどうにか声も身体も動かすことが出来る
ただし、無意識では動かせなかった
(これは…きついな…はっきりと頭で支持を出さなきゃ動けないのか…湖さんが変わらず動いているのは…桜様の樹液を飲んで育ったせいか…?まずいな…)
『佐助、動けるならば湖を捕まえていろ』
登竜桜にそう言われ、佐助は湖の片腕を引き動けないように後ろから抱きかかえた
「兄さま…っ、え…?兄さまも…みんなもどうしたのっ?!」
湖は、彼らを見てようやく今動けるのは自分と佐助だけなのだと気付いた